カラス博士の研究余話【第12回】カラスの四季~麦が色づくころ~

麦が色づくころになると、その春に巣立ったヒナも成鳥と変わらない体になっているので、一見しただけでは成鳥と区別がつきません。ただし、この時期になっても親から餌を貰うことがよくあるため、あぜ道、電線、木の枝などで翼を少し広げて上下に動かし、濁った低い鳴き声で餌をねだる姿を目にします。図体が大きくても、そういうときは子の仕草です。

写真:6月ごろに色づく麦畑

写真:巣立ち後も餌をねだる様子

巣立っても子育ては続く!

季節は6月、夏そのものです。実は「鴉の子」は俳句で夏の季語です。巣での養育はほぼ終わっているため、ここからは自然で生き抜く知恵を養うための子育てになります。

子ガラスは親ガラスと行動を共にして、餌の探し方や捕りかた、人間から距離を置くことなどのサバイバル能力を学びます。親ガラスは安全・危険を距離間で教えます。人間が近づくと、危険を察した親ガラスが数十メートル移動し、それを目で追っていた子ガラスも間もなく親ガラスの近くまで飛んでいきます。親ガラスと距離が離れる不安や近くにいる安心から、安全・安心な距離を身につけるのです。

この季節は、昆虫や植物の新芽などの食資源の探索も容易であり、サバイバルの基礎を身につけるのに好都合です。行動範囲も拡大するため、他の家族との接触も出てきます。秋から同じ群れとして行動を共にすることになりますから、ご近所づきあいは大事です。

その周辺には、昨年生まれて自立したばかりの若鳥も、新たな命の世話で忙しい親ガラスに頼れずに、小さな群れを作って行動しています。この時期は、家族や若ガラスの群れなど、目的が異なるさまざまな群れが形成されているのです。

写真:家族単位の群れ

写真:若ガラスの群れ

大きな子どもに小さな親……この時期ならではの勘違い

さて、連載の第4回でもご紹介しましたが、この季節ならではの誤解から生じたかもしれない慣用句があります。この解釈は、筆者がカラスを観察してきた経験と独断から推察したものであることをお断りしてから、続けます。

「カラスに反哺の孝あり」という、中国から伝わった慣用句があります。この句は、「カラスは、親を養う徳がある生き物である」という意味で、親孝行の美徳を示します。儒教の精神に相応しい、徳のある行為を表しているのです。

ただし筆者は、この慣用句の解釈に疑問が生じてきました。この季節のヒナは体がふっくらしています。一方の親ガラスは、ヒナの世話や餌の確保で身を挺して働いており、やつれて少し小さく見えることがあります。つまり、親ガラスより子ガラスのほうが大きく見える場合があるのです。

したがって、この慣用句は、巣立ち直後の子ガラスに親ガラスが餌をやる普通の養育行動を、子ガラスが親ガラスを養っているように誤解して作った句なのではと考えています。真実は分かりませんが、このカラスの親子をみたら、誤解から徳のある慣用句が生まれるのも無理もないかと思います。

写真:一見、どちらが親かわからない。こんなところから「反哺の孝」が作られたかもと思ってしまう

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。