カラスの漢字表記には「烏」「鴉」などがありますが、実は「慈鳥」とも著します。「烏」「鴉」はわりと目にしますが、「慈鳥」という表記はあまり見かけません。
では、どのような理由でこの字が当てられたのでしょうか。
伝承でのカラス
カラスは、もっぱら迷惑もの扱いされる鳥です。しかし中国からの伝承では、カラスは「太陽の鳥」や「神の使者」などと言われ、吉兆の象徴でした。この伝承のカラスは、足が三本ある「八咫烏(やたがらす)」として現代にも伝わっています。
日本サッカー協会のエムブレムも、八咫烏がモチーフとなっています(同協会ウェブサイトなど参照してください)。これは1931年に東京高等師範学校(筑波大学の前身)の内野台嶺氏(漢文学者)らにより伝承の八咫烏をもとに考案され、日名子実三氏によってデザインされたようです。先を読むとされている八咫烏にサッカー界を発展に導く象徴の願いを込めてつくられたものなのでしょう。
その、八咫烏は紀伊和歌山の熊野大社にも祭られており、多くの信者が詣でます。私も一度、熊野を訪ねたのですが、八咫烏の像や幟(のぼり)などまさに「カラスの神殿」という雰囲気を醸し出していました(写真1)。
先を読むカラスは迷惑がられる反面、このように吉兆の象徴や神の使いとして位置づけられているのです。どうやらカラスの仕草には、人に信仰心や畏怖を持たせる何かがあるようです。
カラスの伝承と生態から「慈鳥」を考えていきます。
親密な親子関係
カラスの繁殖は、抱卵から巣立ちまで2か月あまりかかります。7月ともなると、雛もおとなのカラスと見分けがつかないほどに成長します。
著者が毎朝小1時間ほど散歩をする際は、郊外なため当然のようにカラスを見かけるのですが、5~6羽で水田やあぜ道で時間を過ごすカラスの家族に出会うことがあります。春先に2~5個の卵を産むカラスは、雛が巣立ったあとも晩夏にかけて親子で一緒に行動していることが多いのです。
ハシボソガラスの親子は、田んぼのあぜで虫を探したり、ときには散歩よろしく周辺を飛び回ったりと、互いが見える範囲で行動します。とても親子睦まじく見えます。このような行動を見た人が、他の鳥とは異なった人間的な情愛をカラスから感じても、不思議ではありません。
カラスの親子は、秋くらいまでは家族で行動を共にします(写真2)。私が観察している地域では、親鳥たちが新たな子育てを始める翌春まで、一緒にいると思われる親子も見かけます。
すると、オヤッと思う場面に出くわします。すっかりおとなと変わらない大きさに育った子ガラスが、親ガラスに餌をもらっているのです。なかなか親離れ子離れができないのは人もカラスも一緒かと、ふと人間社会を重ねあわせてしまいます。私は、この親密な親子関係が「慈鳥」の表記につながるものと考えています。
烏に反哺の考あり?
ところで「烏に反哺(はんぽ)の考あり」という慣用句があります。「親孝行は大切である」という意味です。この慣用句は「おとなになった子ガラスが、親ガラスに餌を運んで恩返しをする」と考えられていたことに由来するようです。どうして、このように考えられたのでしょう。
前述のように、親と変わらない大きさや姿になった子ガラスも、まだ親から餌をもらうことが多々あります。このとき、餌をもらう子ガラスの方が大きく、育児する親の方が痩せて小さい場合があります(写真3)。
カラスの生態を知らない人には、まるで大きな親ガラス(実は子ガラス)が小さな子ガラス(実は親ガラス)から餌をもらっているように見えますね。まさに、恩返しで親の世話をする「慈鳥反哺」のカラスというわけです。
このように解釈すると、慣用句と生態がマッチします。ただ、昨今の高齢者の孤独死や介護施設の虐待などの社会問題が進行する現代では「烏に反哺の考あり」は消えゆく言葉になっていくのかも、と危惧してしまう昨今です。
【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
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