みんなに知ってほしい牛のおはなし【第5回】畜産分野のデジタル化

スマート農業・スマート畜産

日本の農業分野では、担い手の減少や高齢化が大きな課題になっています。その解決策のひとつとして国が進めている政策に「スマート農業」があります。

これは近年著しく発展しているロボット、ICT(情報通信技術)、IoT(モノのインターネット)などの先端技術を活用した農業のことで、例えばロボットによる作業の自動化は人手不足を解消するほか、ドローンや衛星によるセンシングデータや、気象データの解析により農作物の生育や病気を予測し高度な農業経営に役立つなどの効果があります。

農業のなかでも畜産分野は労働時間が長く、重労働も多いことから、省力化が必要な状況になっています。そのため、スマート農業が提唱される前から搾乳をはじめ給餌や糞尿処理などの自動化が進められており、畜産分野は日本農業のなかで最もスマート化が進んでいます。

現在では、ロボットのほかに牛の採食や活動量、発熱などの生体データを収集、管理するシステムも普及しつつあります。これらは病気の牛の早期発見、分娩の予測や人工授精のための発情発見などに役立っています。

このように、スマート畜産は畜産農家の労働時間の削減と効率的な生産に欠かせない技術です。

今回は、酪農家で普及しつつある、さまざまな技術のうちのいくつかをご紹介します。

自動搾乳ロボット

フリーストール牛舎やフリーバーン牛舎(牛が牛舎内を自由に歩いて採食や休息などができる飼養形態)に設置された搾乳ロボットは、牛1頭ずつを首輪のセンサーで管理しており、搾乳に適した状態の牛がきたときのみ搾乳ロボットのゲートが開くようになっています。

写真1:自動搾乳ロボット

牛が入るとセンサーが乳頭の位置を正確に探知し、ミルカーが自動で装着されて搾乳がはじまります。
首輪につけたセンサーで乳量、乳質などのデータが個別管理されるため、健康状態もチェックできます。

ロボットを導入していない農場では、1日2~3回、牛をミルキングパーラー(搾乳場所)に移動させ、そこで搾乳者がミルカーを装着し搾乳する方法が一般的です。これが自動搾乳ロボットの導入により、24時間みずからのタイミングでの搾乳が可能となり、作業負担の軽減だけでなく、搾乳回数が増加し乳量がアップするというメリットがあります。

現在では、日本で多くを占める繋ぎ牛舎に対応する搾乳ロボットの開発・導入もはじまっています。

搾乳ロボットの導入にあたっては、導入費用のほか、牛舎の改築費用やメンテナンス費用といった投資が大きく、導入効果を得るためには牛の頭数を増やさなければならないケースもあります。

また、牛をロボットに慣らすことや、ロボットでの搾乳に適したエサのメニュー設計なども必要になります。

哺乳ロボット

乳牛から産まれた子牛は、生後すぐに母牛と離され、代用乳(母乳の代わりに与えられる、子牛用の粉ミルク)で育てます(「人工哺乳」と言います)。これは、乳牛の乳が人の食品として出荷され消費されるためです。

肉牛では、従来は母子を同居させ子牛は母牛から授乳する自然哺乳というスタイルが主流でしたが、近年は生後一定期間経つと母子分離して、人工哺乳するスタイルも増えてきています。

このような人工哺乳の場合、人が1日2回哺乳ボトルや哺乳バケツを使って1頭1頭に哺乳をする必要があり、多くの時間を要します。

一方で哺乳ロボットは、この哺乳作業を自動化するだけでなく、給与量や給与回数の調節、個体ごとの哺乳量の把握と記録ができ、子牛の健全な発育を促すことができます。

写真2:哺乳ロボット

子牛がミルクを飲む哺乳ステーションに入ると、首についたタグで個体を判別し、ミルクとお湯を自動で配合してくれるため、子牛は好きなときに自由に飲むことができます。

ただし、哺乳ロボットを導入する場合、ひとつのスペースに複数の子牛を飼育し、哺乳の際には同じ哺乳口を共有するため、ひとたび感染症が発生すると牛群内でまん延しやすくなります。

このため、機械の定期的な洗浄やこまめな健康状態のチェック、病気にかかった子牛の隔離などをしっかり行って、子牛の病気を防ぐことが重要です。

分娩検知システム

分娩時は、難産や死産など最も事故が発生しやすいタイミングのひとつです。そのため、母子ともに安全に分娩させるための分娩管理が重要になります。

人が目視で監視し、異常がある際にはすぐに適切な対応がとれるようにすることがベストです。しかし、畑での作業中や夜間など、母牛を常時観察することが難しい場合もあります。

そこで、温度センサーがついた装置を母牛の膣内に留置し、体温をモニタリングすることで分娩兆候や異常を検知し、管理者の携帯電話に通知してくれるシステムが活躍しています。

写真3:モバイル牛温恵

また、分娩予定牛をカメラで監視し、AIが分娩前に特徴的な行動を検出したときに携帯電話に通知してくれるシステムも普及しつつあります。

これらの分娩検知システムを導入することで、昼夜を問わない分娩監視や見回り時間を短縮でき、適切な分娩介助ができるため分娩事故を減少させることができます。

畜産DXの今後は

今回ご紹介した技術のほかにも、さまざまな先端技術が畜産分野に取り入れられています。

以前から取り組まれてきたロボットによる作業の自動化に加え、近年ではセンシングシステムで得られたデータを活用した効率的な牛群管理と生産性向上が進んでいます。

今後、このようなビッグデータの利活用やデータ共有の仕組みなどが畜産DX(デジタルトランスフォーメーション)の中心になっていくものと思われます。

[参考文献]
・農水省webページ.スマート農業
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/index.html
・スマート畜産の現状と展開, 畜産の情報 2022年8月.独立行政法人 農畜産業振興機構
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002309.html
・畜産分野におけるスマート農業技術活用促進.畜産の情報 2019年12月号.独立行政法人 農畜産業振興機構
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000863.html
・農水省webページ.スマート農業技術カタログ(畜産)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/smart_agri_technology/attach/pdf/smartagri_catalog_chikusan-26.pdf

[写真出典]
・写真1:オリオン機械株式会社 DairyRobot R9500
https://www.orionkikai.co.jp/rakuno/robot/r9500
・写真2:株式会社コーンズ・エージ― 哺乳ロボット CALM
https://www.cornesag.com/product/calf/breastfeedin_machine/calm/function.html
・写真3:株式会社リモート モバイル牛温恵
https://www.gyuonkei.jp/what/index.html

【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。

【編集協力】
柴山淑子