2024年9月26日、JR宇都宮線西那須野駅最寄り(路線バスあり、苦でなければ徒歩30分ほど)の那須野が原博物館を訪れ、こちらの企画展を見学してきました。
『企画展 メッセージ -絶滅危惧種と外来種の現在-』
※会期は11/3(日)までhttps://nasunogahara-museum.jp/exhibit/plan2.html
企画展「メッセージ」:絶滅危惧種と外来種を考える
栃木県と那須塩原市の絶滅危惧種を記載したレッドリストが、ともに昨年(2023年)改訂されました。この企画展は、その改訂を受けて絶滅のおそれのある野生生物の現状を伝えるとともに、外部から持ち込まれたり入り込んだりしている生きもの(外来種)にも目を向けようというものです。絶滅危惧種・外来種についての細かな規定(定義やランクづけ等)は、展示内で解説されています。
展示ゾーンは主に環境の特性によって分けられています。ここは「平地林」のゾーンです。
写真のテングコウモリは、洞窟やトンネルなどをねぐらとし、山のふもとから山地の森にかけて活動します。
那須塩原市内では、2か所でしか確認されておらず情報不足ですが、栃木県全体でも絶滅が危惧されています。その主な要因は、洞窟の消失や森林の伐採と考えられ、人の活動が与える影響に注目することが必要となります。
博物館の名になっている那須野が原は、県の北東部に位置する広大な平地とそれに続く、ゆるやかな丘陵・高原を指す呼び名です。
この地域は山々からの水を集めた河川群と強く結びついています。古くは縄文時代から人が暮らし、古墳なども発見されました。明治以降は大規模な治水を行いながら、人々が開拓を進めてきた歴史があります。このような山と野と川という組み合わせは、日本列島で暮らすわたしたちにとって、広く当てはまる自然環境かつ生活環境であるといってよいでしょう。その意味で、那須野が原は日本における自然と人の歴史を考える格好の一例とも言えるのです。
追い詰められる水棲昆虫
そんな土地柄もあり、今回の企画展の入口でもゲンゴロウの大きなオブジェと、その下にある生体の水槽が出迎えてくれます。
ゲンゴロウは水生植物が多いため池を好みます。
そのようなため池は、多くが丘陵地から山麓という、まさに那須野が原ならではの地形のあちこちにありました。しかし、新たな土地開発や、水生植物をはさみ切ったりちぎったりするアメリカザリガニ等の外来種の侵入などで、いまやゲンゴロウの生息が確認できる場は数少なくなりました。さらに近年、飼育目的での採集による激減も指摘されています。
こちらは、栃木県なかがわ水遊園(※1)に展示されているムカシトンボのヤゴの標本です。
トンボもまた、水と深い縁に結ばれた昆虫です。漠然とトンボといえばなじみがあって、よく知っているようにも感じられます。実際、ヤゴが水棲であるのはよく知られているでしょうが、どんな水環境を好むかは種によってさまざまです。たとえば、ムカシトンボは丘陵地から山地までの幅広い河川に生息しますが、水温が低いことや水質がきれいであることを必要とするために、河川工事や森林の伐採が種の存続に大きく影響します。
解説に見るように、川幅が狭いのがよいと言っても激しい流れは不向きなようです。
トンボは生きものの捕食-被食の連鎖のなかでは比較的上位を占めます。そして繰り返すなら、その一生の不可欠の部分を種ごとに定まった水環境で過ごします。トンボを知ることは、それが属する生態系を知ることであり、トンボ絶滅の危機は環境全体の大きな歪みの現われとも言えます。
※1:栃木県なかがわ水遊園は、既に掲げた那須野が原の地図の右側の方(北西から南東へ)を流れる那珂川のほとりにあり、水族館を擁します(最寄り駅はやはり西那須野駅です)。ここでは那須野が原の在来タナゴ類4種のすべてが見られます(タナゴについては後述)。これを含め、栃木県なかがわ水遊園については「その2」で詳しくご紹介します。
人間の活動がもたらした外来種の侵入と在来種の変遷
続いての写真は、一見ありふれた竹ぼうき。しかし、ここに中国産のムネアカハラビロカマキリの卵が着いていたというトピックです。
生きものたちは遠い昔から移動し、それによって新しい適応的な環境を得るものがいました。時には種間の競争が起きるなど、種の進化や生態系の変遷が続けられてきました。しかし、人間の経済活動が結果としてそれなしではありえない距離や速さでの生きものの移動を引き起こしてしまうこともあります。そして、それについてはわたしたち人間自身が反省したり、生き方を改めたりする余地があるはずです。
さらにこちらは中国原産のタイリクバラタナゴです。
他の中国産の魚とともに日本各地に持ち込まれたと考えられていますが、日本にもタナゴ類は何種類も生息し、そのような移入先の在来種との競合を含む生態系への影響が危惧されて調査が進められています。この写真のタナゴ(種名)も那須野が原の川に生息する在来タナゴのひとつです。
水と言えば、カエル類を代表とする両生類のありようも見逃せません。日本列島では、多くのカエル類にとって水田が安定した水環境となってきました。しかし、近代以降の変化として稲の生育に必要な時以外は田の水を抜く乾田化が進められました。その方が、収量が増します。しかし、このような変化が本来の生活史のリズムとずれるカエルもいます。ムカシツチガエル(※2)はそのひとつで、一年を通して水のある環境が必要です。
人間の生活は人工、生きものの生活は自然とすっきり分けてしまうことはできず、それらはしばしば絡み合いながら歴史的な変遷を経てきたのです。人間の生活や生産と、他の生きもののリズムのあいだでどのような調整が可能か、ここにも人間への問いが立ち現われています。
※2:ムカシツチガエルは2022年にツチガエルから別種として分けられました。この種は東北地方の太平洋側から関東・中部にかけて分布しますが、ツチガエル(現在の分類)と接触しても交雑は見られないことが知られています。自然はまだまだ、わたしたちに新たな気づきの可能性を保留しているのですから、わたしたちは自然に対して謙虚で慎重な姿勢を保つことを心がけるべきでしょう。
シュレーゲルアオガエルとモリアオガエルは日本のアオガエル科の代表種ながら、ともに農地や森など、生活と繁殖の拠点が危うい状況です。
実はこの2種とカジカガエルの青森県での生息が、アオガエル科の自然分布の世界最北限となっています。そこにも日本列島の特性が秘められているはずで、わたしたちがまなざしを向けることが待たれていると言えるのではないでしょうか。
こちらは常設展示ですが、那須野が原を抱く山並みとそこにある沼や湿地の特質が語られています。同時に左下にはニホンジカの増加がこれらの環境の安定を脅かしていることが告げられています。
再び企画展「メッセージ」の一角。ここではニホンジカの剥製とともに、その活動がいまや「食害」となっていることが示されています。
しかし、ニホンジカの増加も、人間がニホンオオカミを絶滅させたことを含め、近代日本の歴史の歩みと不可分の事態です。ニホンジカやアメリカザリガニが草原や水場の植物を食べたり荒らしたりするからといって、それらを「悪者」扱いしてすまそうとすることは不適切ですし、問題の解決につながるものでもありません。
つながる「メッセージ」
企画展会場ではアメリカザリガニの折り紙にも取り組めます。
しばし気持ちを落ち着け手を動かしながら、わたしたち自身の将来の道を考えてみてはいかがでしょうか。
企画展の会場の外には、たくさんの付箋が張られていました。来場者へのアンケートの一環として記されたものです。
子どもたちが、そしておとなが、それぞれにどんな想いを綴っているか、自分自身の感慨と照らし合わせることは、「みんながつながる」ことへの一歩かもしれません。
(「その2」に続く)
◎那須野が原博物館…https://nasunogahara-museum.jp/
◎栃木県なかがわ水遊園…https://tnap.jp/
【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物観に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『生きものたちの眠りの国へ』(緑書房)、『ウソをつく生きものたち』(緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。
動物園エッセイ…http://kosodatecafe.jp/zoo/
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