この連載の第2回は「住まいと遊び 前編」として飼育環境づくりの基本と注意点を解説します。
住まいづくりは、ウサギの品種によって異なるというわけではないのですが、ネザーランドドワーフは性質的に神経質な傾向があり、環境からのストレスをより受けやすいとも考えられます。ネザーランドドワーフにとってしあわせで快適な住まいづくりを一緒に考えていきましょう。
環境エンリッチメント
「環境エンリッチメント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
環境エンリッチメントとは動物の福祉向上のためのアプローチの1つであり、「飼育環境に変化を与え、飼育動物に必要な刺激や選択の余地を与えて、その動物の望ましい行動を引き出すこと」、「刺激不足の環境において、種に適切な行動と心的活動を発現させる刺激を与えること」と定義された概念です。
つまりは、動物福祉の立場から、飼育動物のしあわせな暮らしを実現するための具体的な方策のことを指し、有名な例では、北海道の旭川市旭山動物園の取り組みがあげられます。本来の行動パターンや特性を考えた環境づくりを積極的に取り入れることで、動物たちがそれまでみせなかった様々な行動パターンや健康で生き生きとした表情をみせてくれるようになったことは、多くの方がご存知のことでしょう。
私たちが動物の行動を観察するときに意識すべきことは、人の思考や行動パターンをもとに理解しようとしないことです。ある現象に対して起こる感情や身体的な反応は、動物種ごとに大きく異なります。
ウサギってどんな動物?
ウサギ目はナキウサギ科とウサギ科に分かれ、ナキウサギ科はナキウサギ属のみ、ウサギ科はアマミノクロウサギ属、ノウサギ属、アナウサギ属ほか多くの属に分類されます。ネザーランドドワーフに代表されるような、コンパニオンアニマルとして定着しているウサギは、アナウサギ属にあたります。
同じウサギの仲間なら、それほど生活様式に違いはないのでは? と思われるかもしれませんが、アナウサギは集団生活、ノウサギ属は単独生活など意外にも生活様式が大きく異なっていたりします。
ウサギは肉食動物から食べられる立場の完全草食動物ですから、身の危険がないか常にアンテナを張って警戒しながら生活しています。したがって、聴覚や嗅覚が優れていたり、視野が広いといった被捕食動物としての身体的特徴を備えています。
野生のアナウサギは、エサ探しのために、活動時間の29~64%をも費やしているといわれています。身の危険がないかを常に警戒しながら、草を食べるためにあちこちに移動し、ときには天敵から逃げるために巣穴に逃げ隠れ、また草を食べに歩き回る(そんな活動を何度も繰り返している)イメージでしょうか。
つまり、ウサギの特徴としては、「活動量が多い」「危険がないか、いつも気にしながら生活している」「かなり多くの時間を食事に費やしている」というキーワードが浮かび上がってきます。
さらには、以下の3つの重要な欲求があります。
・群れる…仲間とのコミュニケーション
・かじる(かじること)…精神的な落ち着き
・穴を掘る…隠れられる場所が必要
ウサギのストレス
ストレスが体に悪影響を及ぼすことは誰もが理解できることでしょう。ストレスには精神的、身体的なものがあります。それぞれのストレスは個別のものではなく、互いに影響を及ぼしあっています。
ウサギにおいては3つの代表的なストレス反応があります。ウサギが捕食動物に襲われる場面を想像してください。そのときウサギがとる行動は「闘う」「逃げる」「すくんで動けなくなる」の3つです。
「闘う」ないしは「逃げる」場合、自律神経の交感神経反射が起こる結果、心拍数や血圧、呼吸数、血糖値の上昇、筋力の発揮などの身体反応が生じます。これを急性ストレス反応といいます。
「すくんで動けなくなる」場合は、もう1つの自律神経である迷走神経反射が起こっており、心臓の収縮力や血圧の低下、不整脈などの身体反応が生じます。
さらには、慢性ストレス反応もあります。例えば動物病院への通院や、狭い空間や汚れた環境での生活などで引き起こされる反応です。副腎から分泌されるコルチゾールにより、免疫力の低下が起こったり、コルチゾール直接の作用ではないですが、この経路で生成される別のホルモンを介して胃や十二指腸など上部消化管の動きを低下させたりします。
その他、様々な病気による痛みや不快感はもちろんのこと、十分に繊維質を摂取できていないなどの栄養的なアンバランスなども、非常に重大なストレス要因と考えられます。
繰り返しになりますが、ウサギは常に周囲に警戒を向けながら生活しているため、特にストレスを感じやすい動物です。ウサギを飼育する場合は、ストレスを最小限にし、本来の行動を引き出すことができるような住まいづくりが目標となります。
住まいづくりの基本
まずは理想的な住まいを考えながら、家庭環境において可能な範囲を探っていきます。
十分な大きさのケージを用意する
ウサギがくつろいだときに、十分に足を伸ばせるスペースが必要です。つまり、最低でも幅60×奥行50×高さ50センチメートル以上のケージを用意してください。また、幼いウサギを迎え入れる際、おとなになってからの体格が想像できずに、小さめのケージを選んでしまうことがよくあるため、注意が必要です。
ケージ内に設置するアイテムの大きさも重要です。トイレやハウス(巣箱)などのサイズとのバランスを考慮してから、ケージを選ぶようにしてください。当然、ケージが大きいほど、様々なアイテムをゆとりをもって配置できます。
ケージの大きさは、ウサギのストレスに直結する要素です。決しておろそかにしないでください。
サークルをうまく使う
当然ながら、ケージの中での生活だけでは、運動不足となってしまいます。外で自由に遊ばせることが理想ではありますが、公園などで運動させたりすると、逃走のおそれがありますし、思わぬ怪我や事故の危険があるため推奨されません。安全性が担保されていれば、庭などで運動させることはできますが、現実的にはそのような環境をつくることは難しい場合がほとんどでしょう。
家の中で自由に放し飼いにしておくのも、誤食、電気コードをかじる(火災につながりかねない)などの危険が多く、地震発時の家具の転倒による怪我といったリスクも生じます。
実際、筆者の動物病院に通っていた飼い主さんにも、ウサギが電気コードをかじったことによる火災で家屋が全焼してしまったという事例がありました。
つまり、ケージの外に出すときには、安全性や利便性の面からも、サークルを使用することが現実的でしょう。サークルの平面は、広ければ広いほどウサギにとって好ましいですが、部屋の広さから現実的に設置できる大きさのサークルを選ぶこととなります。高さについては、飛び越える危険性を考慮すると、60センチメートル以上が推奨されます。
サークルはケージと異なる場所に設けることもできますが、設置する場所のレイアウトが許すのであれば、ケージの周囲にサークルを設ける(写真1)こともおすすめです。家に例えると、庭をつくるようなイメージです。ケージ内は、トイレや食器、牧草入れ、給水器、ハウスなどで狭くなりがちなため、周囲にサークルを設けることでスペースに余裕をもたせられます。
ケージの出入り口の段差を小さくすると、踏み外しによる怪我の予防につながります。スロープや階段もできるだけ設置してあげてください(写真2、3)。
ケージやサークルの場所
ネザーランドドワーフに限らず、ペットのウサギは基本的に群れで生活しているアナウサギ属です。そのため飼い主さんとの精神的な結びつきが必要不可欠です。
ケージやサークルは、家族が日中最も多くの時間を過ごす部屋(リビングなど)の角に設置してください。注意点として、ウサギは人よりも可聴域が広く、超音波も聴き取ることができるといわれていますので、音には配慮してください。出入り口付近、テレビ・オーディオ機器やパソコンの近く、道路に面した窓際はできるだけ避けるようにします。
床材(すのこ)をどうするか
様々な床材が利用できますが、一長一短があります。
・金網…衛生的ではあるものの、足底に負担がかかります。
・木製すのこ…かじってくれることで、かじり癖対策になります。同時に定期的に交換する必要があります。
・樹脂…衛生的ですが、個体によってはかじることで誤飲の原因となることがあります。
・牧草を敷き詰める…ウサギがリラックスでき、足底の負担も軽いため、理想的かもしれません。一方、尿や糞で汚れるため頻繁な交換が必要で、費用がかかります。汚れたままにしておくと、足底に悪影響も出るため注意が必要です。
・ペットシーツやタオル…衛生的ですが、頻繁な交換が必要です。また、かじることで誤飲の原因となってしまいます。
このなかでは、牧草が最も理想的だと思いますが、コストや手間との兼ね合いで選択してください。
ウサギのソアホック(足底皮膚炎)は、床の硬さや衛生状態が関連するため、床材の整備は非常に重要です。多くの飼い主さんが実施されていますが、牧草でできた座布団などをケージの一部に配置することは、足底に負担のかかる素材のデメリットを減らすことができるよい方法です。床が金網でも、そこに牧草を敷けば、ウサギはそこを掘ったりすることで本能が満たされ、精神的に落ち着きます。
ソアホックが気になる場合は、足底に負担が寄りかかりかかりにくいフットレスト床板を使用するのも1つの方法です。「ウサギ ソアホック マット」で検索すると情報が得られます。
ケージに設置するその他のアイテム
・ハウス(巣箱)
ウサギの「隠れる」という本能を満たすため、ハウスはできるだけ設置してください。四角い木製のハウスは、隠れる(潜る)欲求を満たすこと以外に、上る(写真4)ことでもウサギ本来の自然な行動を促し、ストレス軽減に役立ちます。木製であれば、かじることで欲求を満たすことができ、一石二鳥です。他には牧草でできたハウスなども使用できます。
ネザーランドドワーフは、他の品種にくらべ活発に動き回る傾向があります。骨折など怪我が多いのもこの品種の特徴です。そのため、強度や安定性、配置の仕方には十分に配慮する必要があります。
棚が付いているケージ(写真5)も市販されています。
・トイレ
ウサギは物陰やすみっこで排泄する習性があるため、トイレはケージの隅(写真6)に設置してください。
・食器
ペレットを入れる食器は、ひっくり返らないよう、安定した形状かつ重量のあるものを選んでください。
・牧草入れ
ウサギは本来、牧草を引っ張りながら食べる動物ですので、それができる牧草入れ(牧草フィーダー)が理想です(写真7)。ウサギは1日の大半の時間を牧草の咀嚼に費やしています。つまり、牧草を食べる環境を整えることは、健康管理に直結するため、おろそかにできないポイントです。
・給水器
ノズルから水を飲むタイプと、受け皿タイプ(皿型給水器)があります。ノズルタイプがポピュラーですが、ウサギにとっては不自然な体勢となります。また、ノズルの先端が詰まってしまうこともあります。
受け皿タイプは、ひっくり返すことや詰まる心配がなく、ウサギも飲みやすいため、おすすめです(写真8、9)。
水飲み用の器が使用されることもあります。ウサギにとっては最も飲みやすいと思われますが、ひっくり返して水をこぼしてしまいます。
写真8:ケージの外に取り付けるタイプの皿型給水器(ディッシュドリンカー350)。写真提供:三晃商会(https://www.sanko-wild.com/items/?_sft_animals=603&_sft_genre=0060)
写真9:ケージ内に取り付けるタイプの皿型給水器(インサイド ディッシュドリンカー)。写真提供:三晃商会
温度と湿度
ウサギにとって、理想的な温度(室温)は18~25℃、湿度は40~50%といわれています。夏場の急激な温度上昇(窓からの直射日光には特に注意)、あるいは冬場の低温(壁際や窓からの冷気には特に注意)に気をつけてください。もちろん、季節ごとにケージの設置場所を変更する必要があるかもしれません。
(第3回「住まいと遊び 中編」に続く)
この連載は、一般社団法人日本コンパニオンラビット協会(JCRA)「ウサギマスター認定者(ウサギマスター検定1級)」の獣医師で分担しながら、飼い主さんにも知っておいてほしいネザーランドドワーフの基礎知識を解説しています。
・一般社団法人日本コンパニオンラビット協会…https://jcrabbit.org
[写真提供]
・写真1~6…霍野晋吉
・写真7…マルカン
・写真8、9…三晃商会
【執筆】
松田英一郎(まつだ・えいいちろう)
獣医師。JCRAウサギマスター検1級認定。酪農学園大学卒業。ノア動物病院、札幌総合動物病院勤務を経て、2005年、札幌市北区にマリモアニマルクリニック(https://marimo-animalclinic.com)を開院。地域のかかりつけ動物病院として、犬・猫に加え、ウサギやハムスター、モルモット、チンチラ、デグー、小鳥などのエキゾチックアニマルの診療にも力を入れている。
【監修】
霍野晋吉(つるの・しんきち) 日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部卒業。獣医師、博士(獣医学)。1996年古河アニマルクリニック開業(茨城県)。1997年エキゾチックペットクリニック開業(神奈川県)。現在は株式会社EIC(https://exo.co.jp)の代表を務め、エキゾチックアニマルの獣医学の啓発や教育に関わる活動を行っている。その他、日本獣医生命科学大学非常勤講師、ヤマザキ動物看護大学特任教授、(一社)日本コンパニオンラビット協会代表理事、(一社)日本獣医エキゾチック動物学会顧問なども務める。著書に『カラーアトラス エキゾチックアニマル 哺乳類編 第3版』『同 爬虫類・両生類編 第2版』『同 鳥類編』『ウサギの医学』『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(いずれも緑書房)。