私たちの生活に身近な“ストレス”。
では、農場で飼育されている牛にとってのストレスとはどのようなものなのでしょうか。
この記事では、牛のストレスの種類や影響、対策についてご紹介したいと思います。
飼育環境とストレス
人や動物の体内では、さまざまな環境の変化に対応して体内環境を一定に保とうとする性質があり、これを恒常性と呼びます。ところが、外部からの強い刺激が体の適応能力を超えてしまうと、神経系や内分泌系、免疫系のバランスが崩れて恒常性が破綻してしまいます。
牛の場合、このようなストレス応答により乳量などの生産性が低下するほか、疾病が発生しやすくなります。日常的な飼育管理の中では、除角、去勢、輸送や暑熱・寒冷、低栄養など様々な要因がストレス応答を引き起こします。
暑さに弱い乳牛
牛は恒温動物なので、外気温の上昇に対して熱の放散などで体温を一定に維持する働きがありますが、ある一定の温度を超えると体温が維持できずに上昇し始めます。
この温度を上臨界温度といい、乳牛ではおおよそ25~26度、肉牛では約30度と言われています。乳牛の適温域は4~20度で、寒さに強く暑さに弱い動物です。
気温だけでなく、湿度も暑熱ストレスに強く影響します。そのため、温度と湿度から算出される温湿度指数(THI)が、暑熱ストレスの指標となっています。乳牛では、このTHIが70を超えると暑熱ストレスの影響を受けるとされています。
暑熱の影響
日本の夏は高温多湿であり、全国各地で多くの乳牛が暑熱ストレスにさらされています。それに加えて、近年は地球温暖化により世界の気温は年々上昇しており、暑熱ストレスは畜産業に大きな影響を及ぼしています。
体温が上昇すると、採食量(エサを食べる量)が減少するため、乳生産や増体(体が大きくなること)が低下し、生産性に悪影響を及ぼします。
また、体温上昇により体内で活性酸素が増加し、DNAの傷害やタンパク質の変性、脂質過酸化といった細胞レベルでのダメージを与えます。
この結果、代謝や生殖機能を調節しているホルモンの分泌にも影響が及び、代謝異常や繁殖性低下が生じます。
日本では、牛の交配のほとんどが凍結精液を用いた人工授精によるものですが、夏には雌牛の発情兆候が微弱化するほか、卵子の品質や胚の発生が高温によるダメージを受けるために受胎率が低下し、流産のリスクも増加します。
このような暑熱ストレスの影響は世界的な問題となっていて、夏季の暑熱対策として現場では様々な取り組みが行われています。
さまざまな暑熱対策
まず基本となるのは、牛の体温上昇を抑えることです。そのために、送風機(ファン)や細霧器(ミスト)がよく使用されます。
また、畜舎の屋根に石灰を塗布したり、寒冷紗で直射日光を防ぐことで、畜舎内の気温上昇をある程度抑えることができます。
さらに、発汗等で失われる電解質や、抗酸化作用をもつビタミンやミネラルを補給することも、消化器の働きを正常化させることに有効です。
ストレスをどう評価する?
ストレス評価の指標として最もよく使用されているのが、血中のコルチゾールです。動物は、ストレスにさらされると副腎皮質からコルチゾールというホルモンを分泌します。
コルチゾールは、様々なストレスに対して鋭敏に反応するため、ストレスホルモンと言われています。近年、血中のコルチゾールが糞便や尿、唾液、被毛などに移行することが分かっています。とくに被毛中にはコルチゾールが長期間蓄積されるので、血中のコルチゾールとは異なり慢性的ストレス評価に有効であるとされています。
さいごに
今回は、暑熱対策を中心にご紹介しました。
この他にも、できるだけ牛にストレスを与えないように、様々なことが取り組まれています。
この記事が、牛について、また、いきものとストレスについて考えるきっかけになれば嬉しいです。
[参考文献]
・阪谷美樹著、『暑熱ストレスと牛の繁殖性』、家畜感染症学会誌、7(2)、45-51、2018年
・阪谷美樹著、『暑熱ストレスが産業動物の生産性に与える影響』、産業動物臨床医学雑誌、5(Supple)、238-246、2015年
・石崎宏著、『ウシの飼養環境ストレス応答と免疫状態』、家畜感染症学会誌 = The journal of farm animal in infectious disease、1(2)、63-70、2012年
・林英明著、『新たな生理学的ストレス評価と家畜への応用』、畜産技術、768、2-5、2019年
[写真出典]
・図1:ヒートストレスメーター TM9502 エンペックス気象計株式会社より
https://empex.jp/products/tm-9502?srsltid=AfmBOorPdKyOzaqKnorvbMFt7mV75razwYVA7ZC9AjyQ41LOTxo0msrN
・図2:フォグエンジニア 霧のいけうちwebページより
https://www.kirinoikeuchi.co.jp/products/unit-system_tikusan/lp/coolpescon/
・図3:農林水産省 暑熱対策パンフレット(案)より
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/kaigi/h210422/pdf/data04_ref4.pdf
・図4:肉用牛の暑熱対策 栃木県公式ホームページより
https://www.pref.tochigi.lg.jp/g70/kenkyuseika/documents/nikuusisyonetumanual.pdf
【執筆】 岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。