虫の目線で季節を見る【第5回】冬に輝く生命、フユシャク(冬尺蛾)

「フユシャク」という昆虫の名前を聞いたことがあるでしょうか。寒さ厳しい冬の間、多くの昆虫が冬眠状態で過ごしていますが、冬だからこそ活動する不思議な“ガ”の仲間、それがフユシャクです。

フユシャクとは

フユシャクという名前は、「冬尺蛾」と書きます。その名の通り冬に活動するガであり、幼虫が「尺取り虫」と呼ばれる独特の動きをするシャクガの仲間であることに由来しています。かつてこの虫の存在を知ったとき、冬に活動するガがいること自体に驚いたものです。冬といえば、多くの昆虫がほとんど活動しない季節。そんな冬にこそ現れ、輝く生命がフユシャクです。

フユシャクの最大の特徴は、活動時期と性的二型(=オスとメスの姿が異なること)の顕著さにあります。オスは、他のガと同様にしっかりとした翅を持ち、寒風の中でも飛び回ることができますが、メスは翅が退化していて飛ぶことができません。そのため一見するととてもガとは思えない姿をしているので、初めて見た人は思わず目を疑うのではないでしょうか。

チャバネフユエダシャクのオス
チャバネフユエダシャクのメス

ガといえば、大きな羽で宙を舞う姿を思い浮かべる人が多いと思いますが、フユシャクのメスはその概念を大きく覆してくれます。

ナミスジフユエダシャクのメス
他の種に比べると翅が大きいが飛ぶことはできない

フユシャクの種類

ひとくちにフユシャクといってもその種類はさまざまで、日本国内に36種類が生息しています。地域によりますが、比較的よく見られる種類として、ウスバフユシャク、ナミスジフユナミシャク、チャバネフユエダシャクなどが知られています。

フユシャクは、種類によって大きさや模様、メスの翅の退化の程度などが異なります。また、晩秋から初冬にかけて見られるもの、真冬によく見られるもの、冬の終わりから春先の頃に見られるものなど、活動時期も種類によって異なります。どの時期にどんな種類が見つかるかを図鑑やウェブサイトなどを使って調べおくと、より効率よく探すことができるでしょう。

ウスバフユシャクのオス
ウスバフユシャクのメス

フユシャクの生態

冬の短い日が沈み、暗闇があたりを覆い始める頃。翅を持たないメスは、地面を覆う落ち葉の隙間から這い出してサクラなどの樹幹を這い登り、枝先などにじっと静止してフェロモンを放ちながらオスを待ちます。触角でフェロモンを嗅ぎつけたオスたちは、その匂いを辿って飛び回り、やがてメスを見つけると交尾します。

ナミスジフユナミシャクの交尾

交尾を終えたメスは樹皮の隙間などに卵を固めて産み付け、種類によってはその上を自分の体毛で覆って卵を保護します。

ウスバフユシャクの交尾

フユシャクのメスの翅が退化している理由は、体温を奪う原因となる翅を短くして耐寒性を高めたり、何よりも卵に栄養分を集中させるためとされています。メスの独特の姿は、冬の寒さの中を飛ばないことによって限られたエネルギーの消耗を省き、より多くの子孫を残すための活動に特化した究極の形態といえるかもしれません。

フユシャクの探し方

フユシャクは、冬の自然観察において特別な楽しみを提供してくれます。以下のポイントを押さえると、より高い確率でフユシャクを見つけることができるでしょう。

フユシャクの生息環境

フユシャクは、主にコナラやクヌギ、サクラなどの樹木が多い公園や雑木林で見つかります。彼らが幼虫時代にこれらの木の葉を食べるためで、成虫も同じ環境を離れずに生活しています。

都市部に残された小さな緑地や公園、桜並木にも生息していることがあり、意外なほど身近にいるものです。

チャバネフユエダシャクのオス
日中は木の幹や枯葉の裏などに止まって休んでいることが多い

観察のタイミング

昼行性と夜行性の種類がいますが、夜行性の種類が圧倒的に多いため、夜の方が観察しやすいです。
多くの種類では、日没直後から2時間ほどの間に活発に動き回るので、その時間帯がチャンスとなります。
また、できるだけ風が弱く、気温が比較的高い日を選びましょう。観察する側の人もそうですが、フユシャクも寒すぎる夜や強い風は苦手なようです。

探し方のコツ

電灯や自動販売機の周り、トイレの壁などにオスが光に引き寄せられて飛来します。夜が明けてもその場に止まっていることがあるため、日中でも見つかることが少なくありません。
背景が人工物だと、その姿がよく目立ち、探しやすいです。

街灯に飛来したウスバフユシャクのオス
自動販売機とフユシャクのオスたち

公園や雑木林の遊歩道には、手すりや柵がよくありますが、こうした場所には木と間違えて登ってきたフユシャクのメスや、それを探して飛んできたオス、地面で羽化したばかりのオスが翅を乾かすために登ってきてじっとしていることが多いです。

手すりの杭に止まっているウスバフユシャクのオス

特に木の幹などにいるメスは、樹皮と同化して慣れるまでは見つけにくいため、こうした人工物を中心に探しましょう。
日中にオスしか見つからなくても、日没後に訪れるとメスがいることもよくあるので、時間帯を変えて探してみるのもいいでしょう。ただし、夜の公園や雑木林は危険なこともありますので、必ず懐中電灯などのライトを持参し、なるべく一人になるのを避けて行動しましょう。

冬が終わり、春が来るころ、夜の林からフユシャクたちの姿は消え去ります。
しかし芽吹き始めたサクラやコナラなどの枝先をよく観察すると、彼らの子孫である小さな幼虫(シャクトリムシ)が一生懸命に若葉を食べている姿が見られるでしょう。彼らはどんどん葉を食べて大きくなり、夏が来る前には地面に潜って蛹となり冬が来るのをじっと待ちます。

フユシャクは、冬という厳しい季節に特化した不思議で興味深い昆虫です。人にとっても厳しい季節ではありますが、身近な自然の中で繰り広げられる小さな命の物語に、ぜひ目を向けてみてください。

クロスジフユエダシャクのオス
晩秋から初冬に出現する昼行性のフユシャク

【写真・文】
尾園 暁(おぞの・あきら)
昆虫写真家。1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本写真家協会(JPS)、日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)『ハムシハンドブック』(文一総合出版)『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)など。