動物園は出逢いの場【第16回】弱き者、汝の名は人間 弱肉強食を考える

これは、豊橋総合動植物公園のある動物のケージです。空中通路を備えた大きなケージには、写真のようなものがぶら下げられていることがあります。

2022年9月16日撮影 ※2025年1月現在は展示されていません

元はといえば漁業用のブイですが、たくさんの傷や噛み跡らしきものがついています。
このブイにダメージをつけたケージの主が、このライオンです。

野生の雄ライオンは、プライドと呼ばれる群れに加わって暮らし、ふだんは雌たちがチームプレーで仕留めた獲物をいの一番に食べます。
しかし、雌たちが手こずる大きな獲物も、雄の体格とパワーなら倒すことができます。このようなことから、他の雄ライオンを打ち倒してでもプライドを保持する、または乗っ取る強い個体に対して、雌たちはその遺伝子を自分の子に与えられるよう群れに受け入れる習性を進化させてきたと考えられます。
雄は、プライドの言わば「食客」です。そういうまなざしを向けるのであれば、雄ライオンのがっしりとした前足もパワーの証と映ります。

同じアフリカのサバンナを生息地とし、ライオンたちの獲物となる草食哺乳類のひとつに、グラントシマウマがいます。しっかりとした肢の指先を蹄で固め、地面を強く蹴って走ったり、時にはその足で反撃をして、ライオンなどの肉食哺乳類から身を守っています。

追うものと追われるもの、食うものと食われるもの。わたしたちは、しばしば「弱肉強食」といったフレーズをこの関係性に当てはめます。
確かにライオンは強く、狩りをする動物です。しかし、シマウマは肉食動物ではないので、ライオンを撃退することはあっても食ってやろうと思うことはないでしょう。そう考えると「強いものが弱いものを食う」という見做しは、人間の一方的なレッテル貼りであることがわかります。

こちらも、アフリカのサバンナで暮らす草食哺乳類のエランドです。シマウマは、ウマ科・サイ科・バク科から成る奇蹄目に属するのに対して、エランドはウシ科で鯨偶蹄目に属します。

シマウマとエランドは一見近縁に映りますが、進化の流れとしては鯨偶蹄目と奇蹄目やライオンを含む食肉目の系統で枝分かれし、その後に奇蹄目と食肉目で分岐が起きたと考えられています。つまり、シマウマはエランドよりもライオンと近縁なのです。そして、鯨偶蹄目というように、鯨類はカバに近い系統から枝分かれしたとされています。

上記系統図は、煩瑣を避けるためいくつかの系統群を省略しています

系統進化で考えると、いきものはそれぞれ系統ごとにライオンとシマウマ、エランドと鯨類のように多様化し、さまざまな生態的ポジションを創り出しているという見方が適切ではないでしょうか。

人間の言う「弱肉強食」には、捕食者であるライオンが特権的だから被食者の上に君臨できるのだ、という世界観が映し出されているように思われます。
あるいは、「俺はライオン(捕食者)だ」と思いたがる人間は、自分の強さを確信しているというよりは、そうやって自分自身に言い聞かせなければ不安だから偉ぶっているのかもしれません。
自分を他の動物になぞらえる想像力は、人間の特質であると言えるでしょう。しかし、種間関係を人間の社会(種内関係)に不適切に持ち込み、誰かを「見下すべきシマウマ(被食者)」としている限り、いつか自分がシマウマになってしまう不安は消えないでしょう。

わたしたち人間は壊れやすく、弱い。そう認め合うことから、誰かが誰かを踏みつけなければ成り立たないような社会のあり方を脱する道が見出せないでしょうか。そんなふうに思います。

動物園は、生きた動物を通して、それぞれの特性を伝える場です。そうであるなら、動物園での体験を通して、わたしたちみんながより適切な動物像を分かち合うことが望まれるでしょう。それは、より適切な人間像との出逢いでもあるはずです。

[参考文献]
長谷川政美著、『新図説 動物の起源と進化』、八坂書房、2011年
同、『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』、ペレ出版、2014年

【豊橋総合動植物公園】
HP…https://www.nonhoi.jp/

【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物表象に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『生きものたちの眠りの国へ』『ウソをつく生きものたち』(いずれも緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。
動物園エッセイ:http://kosodatecafe.jp/zoo/