カラスの日常を追い続けていると、留鳥だけに彼らの生活を年中覗くことになります。カラスにも日々の営みがありますが、大きな変化がないとカラスの生活が同じに見えてきます。冬はちょうど、採餌場所と集団塒を繰り返し往復する、観察者にとって退屈な時期です。
退屈な冬に現れる白鳥
そのようなカラスの生活を追いかけていると、この季節にしか観ることができない白鳥と出会いました。白鳥のような渡り鳥に会えるのは1年の中で限られた期間しかありませんので、それだけでカラスにはない魅力を感じます。
筆者のカラス観察フィールドには、五行川という利根川に繋がる河川があります。その河川のうち、栃木県真岡市を流れる区域には毎年白鳥が飛来します。

多いときは、100羽ほど確認できます。白鳥の飛来地は日本各地にあるものの、多くの人にとって非日常的な出会いです。筆者も、五行川では2023年の暮れに初めて出会いました。その大きさや鮮やかな白い羽装に素晴らしい魅力を感じ、それ以来この時期は白鳥観察も日課になっています。
河岸で白鳥たちを見ていていると、シベリアから約4,000キロもの旅をして、よくぞこの地を選んでくれたと嬉しく思います。同時に、昨年来たこの場所を偲び、再びやって来たのかと想像すると、鳥の能力に計り知れない深みを感じます。おそらく、視覚や記憶力、地理的判断能力など、人とは別次元の力をそれぞれ持っているのだと思います。
飛来先での白鳥は、長旅の羽を休めることと、羽繕いに余念がありません。「白鳥の行水」という言葉はありませんが、思わず「カラスの行水」を連想させる水浴びをします。
羽の間の寄生虫を払っているのか、水中に潜ったり水面ででんぐり返しをしたり、中々動きのある行水です。

その後、大きく翼を広げ水払いをします。

水面でのさまざまな動きも目を引きますが、飛び立つ間際の水面を蹴る躍動感は、大型の鳥ならではの迫力があります。

カラスと白鳥の意外な共通点と関係
カラスは神に仕える知恵者として、神話によく登場しますが、白鳥もギリシア神話でゼウスが白鳥に変身する話や、日本神話ではヤマトタケルノミコトが死後白鳥になる話など、神に近い鳥として登場します。
飛ぶ姿は神々しく感じるので、自然の帰結かもしれません。

白と黒の羽装や一般的なイメージの違いがあるにも関わらず、カラスと白鳥はともに神話に関わる共通点があり、面白く感じます。
美しい白鳥に思いを巡らせてぼんやりしていると、カラスが白鳥の傍に来ました。

白鳥を見に来る人の中には、白鳥に餌をまく人が多くいます。カラスは、そのおこぼれにあずかるため飛来します。連載第17回でも触れましたが、冬はカラスにとって餌の少ない時期なので、恰好の採餌場所のようです。白鳥を見ていると、ふと冬のカラス事情も垣間見えました。
カラスにとっても白鳥にとっても、五行川が冬の一時を過ごす楽天地であるということは、この地の自然の豊かさを示すものです。日本各地に、このような小さくても生命を繋ぐ環境があります。各地でそれを守ることが、シベリアからのお客さんを招く環境づくりの輪になると思います。
【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
-
カラス博士の研究余話【第20回】カラスの四季~梅の花から桜の花に変わるころ~
-
カラス博士の研究余話【第19回】カラスの四季~春の到来を感じる日差しのころ~
-
カラス博士の研究余話【第18回】カラス観察の合間に白鳥に出会う
-
カラス博士の研究余話【第17回】カラスの四季~深秋から年明けのころ~
-
カラス博士の研究余話【第16回】カラスの四季~渡りをするカラス~
-
カラス博士の研究余話【第15回】海辺のカラス
-
カラス博士の研究余話【第14回】カラスの四季~盛夏のころ~
-
カラス博士の研究余話【第13回】カラスの道
-
カラス博士の研究余話【第12回】カラスの四季~麦が色づくころ~
-
カラス博士の研究余話【第11回】カラスの四季~早苗のころ~
-
カラス博士の研究余話【第10回】カラスの四季~啓蟄のころ~
-
カラス博士の研究余話【第9回】カラスの行水