野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第19回】野生動物体表で蠢く壁蝨・虱(その1)-獣体内に潜む奴はよりゑぐい

ムシ談義、ちょっぴり解放

「蠢く」は「うごめく」と読み、冬が明け、無数の蜘蛛や昆虫などがもぞもぞ集う様という意味です。一方、同じ読みの「蠕く」は(回虫や吸虫などの寄生蠕虫類から想像し)手足を欠くモノがもぞもぞする様という意味になります。つい最近、法的に前期高齢者になったにもかかわらず、日本語がいまだに情けなく汗顔の至りですが、ムシ屋の私(獣医寄生虫[病]学専門)は、長年そのように脳内変換してきました。正確でしょうか。

本連載では、お題から逸脱することをおそれ、ムシ屋でありながら敢えてムシの話題は封印してきました。しかし、ムシたちも立派な生き物ですし、何と言っても法獣医学を含む野生動物医学で大切なポジションにあります。そこで、今回以降は少しだけ解放させていただきます。ただし、今回のタイトルで示した壁蝨・虱などの仲間を扱います。

まず愉快で美しいムシたちを堪能

「いやいや、まず、読めんでしょ!」

と突っ込まれそうですね。それぞれダニ・シラミと読みます。ダニはクモやサソリの仲間のクモガタ類です。ダニとは、要するにクモのお腹の部分を取り去ったような生き物です。本ウェブメディア、馬場友希さんの記事「身近な場所でも100種以上⁉ クモを探して遊んでみよう」にクモの模式図がありますので、参考にしてみて下さい。蜘蛛恐怖症という病気も存在し、私が主宰したラボの医動物学領域では代表的な「不快動物」(衛生動物の一群)とされています。それでも、せきねみきおさんの「伝統行事「クモ相撲」:人と自然の交流を見る」を拝見すると、日本の民俗学的に重要な存在です。可能ならば蜘蛛にも、もう少し優しいまなざしを向けてほしいと思います。

一方、シラミは昆虫類です。こちらの仲間も本ウェブメディア「その他>虫」をクリックすると、井手竜也・尾園 暁・川邊 透・サラチ(以上、五十音順、敬称略)諸氏と、読者の皆さんから投稿された優れた生態画像が目を楽しませてくれます。実に良い! 昆虫は子供たちにとっても人気で、私もカブトムシやクワガタムシが大好きでした。今でも関心はありますが、当方の標的は、もっぱら彼らが宿すさらに小さなムシ(昆虫体内外のダニや線虫等)なのですが……。

身近な野生哺乳類の症例から

昆虫にとりつくムシの話は別の機会に譲るとして、「常識的な」宿主(つまりムシを宿す動物)である身近な野生哺乳類から始めましょう。勤務先の(傷病鳥獣診療施設を兼ねた)野生動物医学センターで、最もよく経験した症例はタヌキの疥癬(かいせん)でした。これは1ミリメートルにも満たないセンコウヒゼンダニの高度寄生による疾病で、私のホームグラウンドである野幌森林公園(江別市の他、札幌市や北広島市にも広がる約2,000ヘクタールの森)で、1990年以降しばしば見つかるようになりました。あたかも局所的な新興感染症の様相を呈し、不気味かつ不安でした。

写真1. 野生動物医学センターに緊急入院し、輸液中の疥癬に罹患し極度に衰弱したタヌキ

本連載の読者の中には、本州以南に住む方も多いかと思います。そちらの地域では「謎の動物」として時々目撃され、SNSでバズりますが、北海道では、冬季になると体温が保てずカチカチになった凍死個体が届きます。写真1の、ダンボール箱内に収容されている様子に違和感を持つ方がいるかもしれませんので念のため補足しておきますが、使用後に焼却できるので野生動物救護の現場では普通のことです。
気の毒な姿ですが、こういった野生個体からは、飼育犬ではすっかり見かけなくなったイヌハジラミやイヌノミが頻繁に検出されるので、教材を得るチャンスと喜ぶ悪魔の私が登場します。

「うちのワンちゃんには、普通にノミがついているけど」
と思う方もいるかもしれませんが、それは、おそらくネコノミです。(飼犬の)イヌノミはすっかり少なくなりました。

このようなタヌキには、タヌキマダニをはじめとするマダニ類が豊富で、「人と動物の感染症」の疫学調査でも重要な試料です。マダニ類は北海道でニホンジカを好適な吸血源としているので、「蠢く」状態が観察されます(たとえば、第9回の写真10)。

写真2.北海道石狩地方産タヌキの体表上におけるハジラミの寄生状態(上段左:体毛が中途で切断され残余)および体毛を摂食している状態(上段右) 比較として、体毛が完全に脱落し、皮膚が露出した疥癬病変(下段左:写真1とは別個体)とその個体から得たイヌノミ虫体前半部(下段右)

動物園飼育哺乳類におけるマダニの恐怖

マダニ類の吸血源は本州以南ではイノシシも加わりますが、北海道にはいないので道外からの診断(鑑定)依頼でその動物の雰囲気を味わうしかありません。

最近の例は、某公立動物園で飼育されていた小型品種のブタ(ミニブタ:イノシシを基にした家畜がブタ)の陰部にほぼ飽血状態のマダニ類が認められ、当該園の獣医師が除去し、その写真が私に送られたことがありました。

写真3. 某ふれあい施設(道外)のブタに寄生していたタカサゴキララマダニ(左)および除去虫体の背側(中央)と腹側(右)

このブタが当該園のふれあい施設で飼育されていたこともあり、至急回答の依頼でした。その写真では、皮膚の下に埋め込む顎体部が完全に欠損していたので(ダニを除去した際、ブタ皮膚内の残余したため)、同定(種を決めること)は困難でしたが、背板色彩(写真3:中央)がタカサゴキララマダニに酷似していたので、そのように回答しました。イノシシに多い、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の病原マダニ類の一つです。新興・再興感染症に関する情報が、コロナ禍以降一般の方々にも浸透している今日、このような問い合わせはますます増加すると思います。ですので、ダニ類専門家による相談窓口を各地に準備しておく必要があると思いますので、人材養成が急務かと……。

寄生性昆虫は水族館で展示される哺乳類にも

こういったダニや昆虫は水族館で飼育される哺乳類(海獣)にも寄生します。たとえば、超人気者のラッコを死に追いやった原因の一つになったハイダニ症や、アザラシにいる毛むくじゃらのカイジュウジラミの海水中での適応を紹介しました(第14回)。しかし、ハイダニ類は飼犬やヒトに寄生する種もいるので、注意して下さい(適度なソーシャルディスタンスを心がけましょう)。ヒトつながりで、サル類のハイダニ症病変は、既に第17回で示したので、要チェックです。

しかし、これらの回では某水族館飼育のショウガラゴの脱毛部から認められたシラミ類の事例は未掲載でしたので、ここで画像を示します。属種同定は不可能でしたが、イベルメクチン投与で完全に駆虫され、今も再発せず元気です。成虫となる前の対応が功を奏したのでしょう。

写真4. ショウガラゴ脱毛部(左)から認められたシラミ類虫卵(中央)と幼虫(右:シラミは不完全変態なので成虫と同じような形状の幼虫。当然、吸血もします)

体内でウジ虫の時期をすごすハエ

以上のように、私のところへのムシ同定の依頼件数は、家畜に比べ園館からのものが断然多かったのですが、ハエウジ症に限っては園館からは皆無でした。ところが、野生では、第16回で紹介したチベットのナキウサギのように少なくありません。園館では珍しい種ではあっても、自然界から切り離されて飼育されているからなのでしょう。しかし、この数的劣勢を跳ね返す体験をしました。それはシロサイから検出されたサイヤドリバエ(の幼虫、要するに蛆虫)でした。もっとも、このサイは関東地方の某サファリパークへアフリカから直輸入された直後の個体でしたので、ほぼ野生です。

検疫のために実施された糞便検査において、線虫卵が検出されたので、イベルメクチン投与による駆虫が実施されました。その3~4日後にこのサイバエ幼虫が排出されたのです(この薬剤は線虫以外にダニ・昆虫にも効果を示します)。家畜ハエウジ症の原因虫体より大型で、迫力があります(写真5)。病原性はあまり高くないようですが、輸入動物に寄生するハエ類が日本で外来種化する危険性も指摘されているので、喜んでばかりいないで、体毛に産卵された虫卵をいち早く察知するなどモニタリングが必要です。

写真5. シロサイから検出されサイヤドリバエ幼虫(左、背景メッシュ一辺1センチメートル)
大きさ比較のため同スケールで家畜ハエウジ症の原因幼虫(中央:酪農学園大学医動物ユニットに保管された標本で、左からウマバエ、ウシバエ、ヒツジバエ。背景メッシュ一辺5ミリメートル)を並列。右はウマ体毛に産卵されたウマバエ虫卵(同大馬術部軽種馬)。

腸から出たダニは診断上、紛らわしい……

これまでは、一般的なイメージ通りの寄生をするムシの話でしたが、自由生活するダニが偶然体表に移行し、物理的刺激で痒みを起こした例にも遭遇しました。本州の西方にある某動物園で飼育されているコアラで掻痒症状が認められました。脱毛を生じた体表に埃くらいのサイズで緩慢に動く生き物がいると報告を受け、その一部を私のラボに送ってもらいました。ワクワクしながら鏡検したら、乾物食品などを食害するコナダニ類(第2若虫=移動若ダニ)でした。おそらく、餌に発生したものがコアラに「乗り移った」のでしょう。餌の質を点検し、室内の通気性を高めたところ、問題のダニは消失したようです。

また、このようなダニが糞便中から見出された経験もしました。先程とは別の動物園で掻痒症状を呈すレッサーパンダの糞便検査中に、「ダニ類を検出した。ヒゼンダニ類(前述した疥癬の原因)ではないか?」との問い合わせがありました。画像を確認したところ、片側の4本脚のうち3、4番目の形状がホコリダニのようでしたので、同定結果はそのように回答しました。加えて、もし体表にいるようであれば、先程のコアラの時と同じ対応をするように伝えました。

写真6. 動物園飼育動物から見つかったコナダニ類
左と中央:コアラ体表からのコナダニ類移動若ダニ(バー=0.1ミリメートル)、右:レッサーパンダ糞便から得た成ダニ

「法獣医寄生虫学」という分野もできるのでは?

ところで、体表にいるダニがなぜ糞便から見つかったのでしょうか? そのヒントは本連載第4回第18回に隠されています。毛繕い・羽繕いで摂取されたものが消化管を通過し、ダニ(の死体)が糞便検査で見つかったのです。ダニの虫体が出てくれば話は楽ですが、虫卵であると蠕虫卵との鑑別が必要となり厄介です。普通の獣医さんにそこまで求めることはハードルが高い(また、ムシ屋としては教育内容が延々と膨らみ茫然自失する)のですが、こういった異生物混入のトリッキーな事例の存在について、予め教育を受けていれば、ある程度柔軟な姿勢が養われると期待しますが、皆さんはどう思いますか?

写真7. 長野県の浄水場で斃死したイワツバメ腸管から得られたツバメヒメダニ幼ダニ

また、こういった情報は、法獣医学的な事件の解決に役立つこともあります。ダニ類は、孵化したばかりの幼ダニは写真7のように脚が3対(6本)で、脱皮して若ダニになると、成ダニ同様4対(8本)となります。第4回で浄水場の沈殿汚泥に拘束され、大量死したイワツバメの事例を紹介しましたが、その剖検時、このダニが前述のようなプロセスで腸内から検出されました。ツバメが拘束された際に泥を落とそうと羽繕いをする過程で、経口的に摂取されたものと想像できます。つまり、致死間際まで、少なくとも羽繕いをする程度の頑健さを示していた証拠であり、法獣医学的な側面からも貴重な事例でした。

寄生虫(学)は、以前から(ヒトの)法医学分野で関わることがありました。寄生虫を用いた犯罪(愉快犯)あるいは、犯罪の証拠(被疑者体表に寄生したツツガムシ類幼虫などから犯罪立証の助けになったなどの事例)です。このような関わり方をする科学を「法医寄生虫学」(forensic parasitology)と言いますので、先程の腸内容物からダニを検出した事例におけるツバメの健康状態の推定は、「法獣医寄生虫学」が無意識的に誕生したのかと密かに解しておりますが……。

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学教授(2025年3月まで)、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。