カラス博士の研究余話【第19回】カラスの四季~春の到来を感じる日差しのころ~

カラスに訪れる“春”

2月になると、日が長くなったことを日の出や夕暮れ時に感じます。春を待つ動物たちも、日の長さや日差しの変化には敏感です。これまでにカラスは日の出の約30分前から行動を始めることが判明しています*¹。カラスには時計の概念がないので、肌身で感じた時間で動くと考えられ、冬至の頃の北海道のカラスは、沖縄のカラスより2時間ほど早く行動を開始するということになります。もっとも、このころは日没が北海道の方が早く、日中の長さはほぼ同じなのでカラスの実働はそんなに変わらないかもしれません。

3月頃には、緯度が低い地域が北や東の地域より日が長くなります。いずれにしろ、自然の時間を体内時計に置き換えて生活する野生動物は、地域により行動に差が生じます。つまり、動物は現地時間が明確なのだと思います。

実は、日の長さを感じることで、体内リズムの中で重要な周期である性周期の活動にスイッチが入るといわれています。最近の研究*²で脳の深部第三脳室の上衣細胞が季節の光を感じ取り、恋のスイッチをオンにすることが分かっています。
動物には、日が長くなったことを感じると恋のスイッチがオンになるもの(長日繁殖動物)と、短くなったことを感じるとスイッチが入るもの(短日繁殖動物)がいます。カラスは長日繁殖動物であり、冬塒(ふゆねぐら)として大集団だったカラスの群れは、日が長くなると小規模になります。

小さな群れとして行動を共にするカラスたち

採餌やくつろぎなど、その小集団で行動を共にします。

採餌の様子
小集団行動のくつろぎ

カラスの恋事情

日の長さの地域差から見ると、カラスの恋の季節は桜前線のように温かい地域から始まります。関東では、2月後半から3月にかけてカップル形成から営巣まで進みます。冬の間の群れ生活で、相性の合う相手を探しているとも考えられます。しかし、カラスの世界でも相手探しは簡単ではないようです。

簡単に両想いになれないのか、ものすごい勢いで追いかけっこをする姿がこの時期に見られます。その様子は、あたかも追う側は「お願い、いっしょになってよ」、逃げる側は「だめだめ」「あなたより良い相手がいるの」とでも言っているかのように、右に左に追い、追われているように見えます。

追いかけっこをする2羽

また、仲睦まじく羽繕をしたり、見つめ合うカップルを見かけることが多くなるのもこの時期です。

仲良く羽繕い
見つめあうカップル

これらのカップルは、お互いの想いを確認したら縄張りを形成します。縄張りは、20~100メートル四方と言われています。制空権もあるようで、縄張りの上空を飛来する他のカラスやトビなど見ると、「カッカッカッ」という早い鳴き声を発しながら侵入者の追い出しにかかります。一方、縄張りの一部が他のカップルのものと重なる場合もあります。絶対的な排他主義ではないようで、シェアをするゆとりがあるようです。その大らかさが、カラスのなわばり形成です。そして、やがて育てる仔ガラスにとって安全な場所を選び、営巣に入ります。こうして子育ての準備が始まりますが、ヒナが巣立つまでカラスは終始一貫して、雄雌共同での子育てが行われます。人間社会でも、男女共同参画や男性の育児休暇など、一昔前と変わりつつありますが、カラスの世界では古来からそうだったのでしょう。動物に学ぶ面は多々あるように思います。

[参考文献]
*¹山寺亮・山寺恵美子、鳥がさえずりはじめる時刻と日の出の時刻との関係について 1. ハシブトガラスの鳴きはじめる時刻、Strix 9 : 23-29、1990年
*²中根右介・吉村崇、季節繁殖の制御機構と脳深部の光受容器の解明、生化学 83:114-117、2011年

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。