カラス博士の研究余話【第20回】カラスの四季~梅の花から桜の花に変わるころ~

梅の花が咲く頃になると、メディアから次のような問い合わせが多くなります。
「カラスの巣が原因と思われる広範囲での停電が起きたらしいのですが、そんなことがあるのですか?」「なぜ、カラスはハンガーを巣の素材に使うのですか?」「そもそも、カラスはなぜ電柱に巣をつくるのですか?」などです。
この時期は、カラスの営巣活動が活発になります。やがて、桜の開花が春の到来を飾る頃には、営巣のピークが過ぎてカラスの子育てが始まります。

冒頭に紹介した、メディアからの問い合わせについて少し触れましょう。彼らがカラスに直接聞いてみるのが一番なのですが、共通言語がないので聞き出せないのでしょう。そこで、私が過去に学生とカラスの鳴き声を研究していた事から「カラスに聞いてもらえませんか?」と、いわば通訳を期待してくるのです。
しかし、カラス語を研究していたとは言っても、こんな気持ちで鳴いているかもしれない、いや細かくはわからないがこれは怒りの感情、これは嬉しいときの感情を表す鳴き声かな、という大きな括りの分析です。とても「どうしてハンガーを使うのですカァ~」などと踏み込んだ会話はできないのです。そのため、これからの内容は、一般の人よりもカラスを見る機会が多い私の観察眼を通した解釈になります。

営巣はカラスの本能

巣の素材が電線に触れ、漏電が起きて停電になることがあります。予期せぬ停電ですから、電力利用者にとって深刻なトラブルになります。したがって、全国の電力会社さんがトラブルを未然に防ぐために腐心しています。某電力会社さんは、カラスによる停電を未然に防ぐために多くの巣を撤去しています。営巣状況の見回りや営巣防止品の設置、巣の撤去作業など、電力会社が行う対策関係の費用は年間1億を超えるとも聞きます。

先のメディアからの疑問である「なぜカラスは電柱に巣をつくるのか」について、カラスに聞くすべもありませんから調べました。電柱に作られる巣のほとんどがハシボソガラスによるもののようです。*¹
ハシボソガラスの仲間は、西アジアや中央アジアに分布しており、視野の効く草原で進化しています。本来の生息地は、樹木がうっそうと茂る森ではなく、春先はまだ葉をつけない落葉樹が多い所です。そのため、営巣の5割近くは本能で、どこからでも巣を確認できて一定の高さを保つ電柱や、まだ子育ての初期は葉の茂らない落葉樹に巣をつくると考えられます。

電柱の腕金など複雑な部分を利用した巣
落葉樹につくられた巣(ハシボソガラスと思われる)

いわゆる「見て仔を守る」巣の構えです。
また、人の傍で生活するようになり、巣の素材も枯れ枝やつる性植物ばかりでなく、針金ハンガーなど人間の傍にある素材で巣をつくることを覚えました。したがって、この時期はハンガーをくわえていくカラスを見かけます。そして、見事に針金ハンガーでできた巣も見かけます。

針金ハンガーをくわえているハシブトガラス
外枠がハンガーだらけのハシブトガラスの巣

停電の原因になる彼らの行為は困ったものですが、ハンガーなどの使用できる物を見極め、柔軟に選択をするしたたかさをもっているのです。カラスは、環境適応能力が高い生きもののトップランナーだと言えるでしょう。その知性に対する感嘆が、カラスも子育ての忙しい合間に花見を楽しんでいるのかも、と想像を膨らませて楽しい気持ちにさせてくれます。

花見をしているカラス

[参考文献]
*¹後藤美千代 著、『カラスと人の巣作り協定』、築地書館、2017年

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。