木の実をくわえた野生のクリハラリス。日本では「タイワンリス」の別名でも呼ばれ、神奈川県南東部など、各地で見かけることがあります。しかし、原産地は中国南部から東南アジア・南アジアにかけてであり、日本の個体は外来種と位置づけられています。日本在来のリスとの競合のほか、樹皮を齧って木々を枯らしたり、時には電線を齧って停電を引き起こしたりもします。

しかし、この写真は在来種としてのクリハラリスです。この写真は、台湾の動物園で撮影したものです。
壽山動物園(じゅざん/Shòu Shān)は台湾南部の高雄市にあります。郊外の丘陵地帯という立地もあり、「動物たちが棲む場所をひととき訪れる」という情緒を感じます。実際に、リスなどの飼育個体以外の在来動物に出逢うこともあるのです。
こちらも園内で見かけた野生個体で、台湾在来のカノコバト。この名は、中国語名の「珠頸斑鳩」同様、頸の周りのくっきりとした斑点(鹿の子模様)に由来します。カノコバトはアジア南部に広く分布し、台湾には中国やミャンマーなどと共通の亜種が生息しています。台湾では、町でも農地などでもよく見かける鳥の一種です。

さて、今回(訪問日:2025年3月13日)は、壽山動物園を代表する大規模な観覧施設の「天空歩道」を楽しんでみます。入園ゲートからすぐの登り口からスタートです。

いくつかの展示ゾーンを、カノコバト(鳥)のような視角で巡ってみようという趣向です。絞り込んでのご紹介となりますが、天空歩道全体の醍醐味は、現地で堪能していただければと思います。

たとえば、この展示場は一見何もいないように見えますが……。

梅花鹿(ハナジカ)という鹿がいます。台湾固有の鹿ですが、ニホンジカの亜種です。
さきほどの写真のどこにあたるか、おわかりでしょうか(ちゃんと写っています)。

園内には、梅花鹿専用施設の「鹿園」もあります。

ここでは、斜面の地形を活かしつつ、枝や草むらのなかで過ごす姿など、山林でもこのように暮らしているのだろう(※1)と感じさせる飼育展示が行われています。
※1. 梅花鹿は狩猟や森林の開発などで一度は「野生絶滅」と判断されるに至りましたが、現在、飼育繁殖と野生復帰の試みが続けられています。


天空歩道の続きです。「水豚山屋」と記されている建物。中に入って柵から見下ろすと確かに水場が設けられています。


「水豚」は中国語でカピバラを指します。

壽山動物園では、今年(2025年)1月に、飼育されているカピバラのペアに3頭の子どもが生まれ、莉馬(リマ)・莉拉(リラ)・莉松(リソン)と名づけられました。3頭合わせると「マラソン(馬拉松)」となり、時には母親に連れられて、時には自分たちだけでちょこちょこと走り回る子どもたちがイメージされています。

山屋に対してこちらは「水豚廊道」(※2)です。メインの天空歩道が空を飛ぶ鳥なら、こちらは、ひととき舞い降りる感覚でしょうか。
※2. ここでの「廊道」は小道、ちょっとした通り道といったニュアンスです。

タイミングによっては、廊道内からこのような様子を見ることができます。

ミニロバたちの中を悠然と歩くのはカピバラの父親個体です。成熟したオスのカピバラには、鼻の上にモリージョと呼ばれる隆起が見られます。これを手がかりに、さきほどの「水豚山屋」の写真でも父親と母親を見分けてみてください。
こちらはミニロバの解説サイン。壽山動物園のサインはおしなべて親しみやすさの中にも品を感じます。

ミニロバも、カピバラと同じ1月に子どもが生まれています。その名は「澎澎」(ポンポン)。
中国語での発音が、頭の毛のふわふわした感じを表しています。

また天空歩道を伝って、こちらも台湾の在来動物です。

タイワンクロクマは、ニホンツキノワグマと同じアジアクロクマの亜種です。さきほどの写真のテラスは「黒熊廊道」です。

園内でも出逢える、「高雄熊」はタイワンクロクマをフィーチャーした高雄市のマスコットキャラクターです。熊本県の「くまモン」とは、熊本県知事の高雄市表敬訪問の際に共演して親睦を深めたそうです。

展示場内を気ままに歩き回るタイワンクロクマ。よく見ると、こんな手形(足形?)も残されていました。


こちらはテラスに置かれたモニターです。スタッフが近くにいるときは、カメラを操作して展示場のクマを探すことができます。

時には、このように寛ぐ姿を見せてくれます。水豚ならぬ水熊です。

わたしたちも一休憩でランチタイム。温室風のカフェ「光室」。

ここは以前はチンパンジー舎でした。


現在、チンパンジーたちは天空歩道から望める新展示場で、より豊かな生活環境を満喫しています。機会があれば、こちらもあらためてご紹介したいと思います(※3)。天空歩道をはじめとするこの数年のリニューアルは、動物たちの飼育環境を改善しつつ、それぞれの動物種らしい姿で展示をして適切な理解を進めることを目指しているのです。
※3. チンパンジー展示場の水堀からは、その名の通り「犬のような」と形容されるイヌガエル(貢徳氏赤蛙)の声も盛んに聴こえていました。


「光室」では、オシャレなランチプレートなどが楽しめます。

セットドリンクに添えられたクッキーのモデルには、園内で出逢うことができます。

タイワンザルはニホンザルと近縁(同じマカカ属)です。台湾固有で唯一の霊長類である点も、日本でのニホンザルのありようと重なるところがあります。そして、器用で学習・身体能力ともに優れたタイワンザルと人間の距離感が問題になっていることも同じです。壽山動物園の園内でも、あちこちに野生のタイワンザルが姿を見せます。

サルとのトラブル防止を呼びかける注意看板です。動物たちとの適切な距離感とは何か。普段の暮らしからの気軽な一歩で動物たちとの格段の近さを味わえる場所が動物園であればこそ、このような問いと向き合うことが大切です。

動物たちを観察するとき、わたしたちは親しみとともに自分たちもまた「ヒト」という動物なのだと感じることができるでしょう。しかし、他の動物たちとのちがいを実感してこそ、「自分たちが何者なのか」と顧みる機会を得られるはずです。
あるいは、台湾を訪れる日本人としてのわたしは、そこから人間どうしの関係についてもあらたな認識を促されていると感じます。これまで見てきたように、台湾と日本には多くの共通の動物種がいますが、大概は亜種レベルでのちがいです。そこには、隣りの国同士であることや互いに「島国」であることなどが反映されていると考えられ、台湾を鏡に自分たちを見つめなおせるのではないかと思います。
ちがいを無視したり、どちらか一方が相手を無理に吞み込もうとすれば、そこには必ず不幸な軋みが生じます。ちがいを認め、だからこそ出逢えたことを寿ぐ、動物園がそのようなきっかけになればと祈ります。
【壽山動物園(英語版)】
https://zoo.kcg.gov.tw/en/
【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物表象に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『生きものたちの眠りの国へ』『ウソをつく生きものたち』(いずれも緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。
動物園エッセイhttp://kosodatecafe.jp/zoo/
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