草食動物である牛は、4つの胃のうち最も大きな第一胃(ルーメン)の中に棲む微生物により草の栄養成分を発酵し、酢酸などの揮発性脂肪酸として体内に吸収してエネルギー源に変えて利用しています。このように、われわれ人間が利用できない草資源を利用して乳や肉などの畜産物を提供してくれます。
今回は、そんな牛の高い生産性を支える飼料(エサ)にまつわるお話をご紹介いたします。

粗飼料と濃厚飼料
草やそれをもとに作られた飼料を粗飼料と言います。刈り取った牧草を乾燥させた乾草や、発酵させて保存性や嗜好性を高めたサイレージ、米を脱穀したあとの稲の茎葉部分である稲ワラなどがあります。粗飼料は繊維分が多くカサが大きいため、家畜化されて多くの生乳生産や増体(体が大きくなること)が求められるようになった現代の乳牛や肉牛では、粗飼料だけで必要な栄養分をまかなうことができません。体の大きな牛でも食べられる量には限りがあります。
一方、とうもろこしや大麦、大豆などの穀類を原料とし、エネルギーやタンパク質が豊富な飼料を濃厚飼料と言います。濃厚飼料の給与により、エネルギーやタンパク質を効率的に供給することができます。

ルーメンアシドーシスは牛の職業病!?
繊維を多く含む粗飼料は、繊維分解菌によって分解され、主に酢酸や酪酸といった揮発性脂肪酸が産生されます。一方、デンプンを多く含む濃厚飼料を多給すると、デンプン分解菌の活動によって産生された乳酸がルーメン内に溜まってしまうことで、ルーメンのpHが酸性に傾いてしまいます。このような状態を「ルーメンアシドーシス」と言います。
牛は一度食べた飼料を吐き戻し、再度咀嚼(そしゃく)して飲み込む「反芻」を行います。これにより多量の唾液が分泌され、ルーメン内の酸を中和してくれます。粗剛な粗飼料は反芻をよく促してくれますが、粒子の細かい濃厚飼料ではあまり反芻が刺激されません。濃厚飼料はエネルギーやタンパク質の供給源として重要な飼料ですが、粗飼料もまた、牛の健康と消化機能の安定のためには必須の飼料です。
現在の乳牛は、1頭あたり年間9,000キログラムほどの生乳を出す能力があります。また、肉牛(黒毛和種)は出荷時に体重が700~800キログラムほどになり、1頭から500キログラムほどの枝肉がとれるようになっています。近年、濃厚飼料の給与量は増加しており、高い生産性はより多くの穀類給与によって支えられていると言えます。そのため、ルーメンアシドーシスは牛の職業病と言えるかもしれません。

飼料費は生産費の多くを占める
現在、日本における飼料の自給率は粗飼料が80パーセントほど、濃厚飼料は13パーセントほどです。濃厚飼料の原料となるとうもろこしなどは、ほとんどが外国からの輸入によってまかなわれています。このため、干ばつなどによる作柄悪化や物流コストの上昇、為替変動や世界情勢などにより濃厚飼料の価格は大きく影響を受けています。近年は、ウクライナ情勢や円安の影響によって、飼料価格大幅に上昇しています。牛の場合、飼料費が生産コストの3~5割を占めるため、飼料価格の高騰は生産コストの増加に直結し、農家経営の圧迫につながってしまいます。
持続可能な畜産のために
このような飼料の海外依存から脱却し、持続的な畜産物生産を行うためには、飼料の国産化を進めることが必要です。そのため、現在では水田を活用した飼料用イネや青刈りとうもろこしの生産拡大、耕作放棄地を利用した放牧の推進、食品加工で生じる残さなどを原料として製造するエコフィードの利用拡大などの取り組みが進められています。

おわりに
牛の健康や畜産物の生産を支えるエサについて紹介しました。国産飼料の生産拡大については、次回の記事でもう少し詳しくご紹介したいと思います。
[参考資料]
1. 農林水産省、飼料をめぐる情勢(データ版)、令和7年5月
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/attach/pdf/index-1303.pdf
2. 農林水産省、飼料をめぐる情勢、令和5年11月
https://www.naro.go.jp/laboratory/nilgs/kenkyukai/2331a66b1c3876a4554d8181b474aab8.pdf#:~:text
3. 農林水産省、家畜改良増殖をめぐる情勢、令和7年4月
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_katiku/attach/pdf/index-61.pdf
4. 農林水産省、肉用牛をめぐる情勢と関係事業について、令和4年2月
https://nbafa.or.jp/pdf/online/online220221-04.pdf
[写真出典]
・写真2. 酪農ジャーナル電子版 酪農PLUS+、飼料の種類、写真2 濃厚飼料、配合飼料
https://rp.rakuno.ac.jp/archives/knowledge/69.html#:~:text
・写真3. JA全農「ちくさんクラブ21」、ルーメンを健全に保つために「ルーメンアシドーシス」とは、図4 ルーメンアシドーシスについて
https://www.chikusan-club21.jp/article/1043
【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。