愛らしい眼、のんびりと草をはむ、草原を疾走する、鼻差で勝負するなど、様々な表現が思い浮かぶ動物、それは「馬」ではないでしょうか。
私は、牛の獣医師になることを目標に大学に入学しましたが、友人に「ちょっと馬に乗ってみる?」と誘われたことをきっかけに、馬との関わりを持つようになりました。
皆さんは、乗馬をしたことはありますか? 馬の背に固定された鞍の高さは、サラブレッドだと地上から約150センチメートルになります。その鞍に座って乗馬をするので、ライダーの目線は地上高で約250センチメートルになります。馬の背に乗ると視野が広がり、とても「爽快」です。乗馬を経験すると人生観が変わるかもしれません。
さて、私を含め多くの方が愛する馬ですが、馬生においては様々な病気が待ち構えています。今回は、馬の病気についてご紹介します。

疝痛(せんつう)
疝痛は強い痛みを伴う腹痛(ふくつう、はらいた)で、馬の病気としてはとても多く発症し、馬の飼主さんを困らせることも少なくありせん。
馬の消化管は、食道からつながる胃、小腸(十二指腸、空腸、回腸)、大腸(盲腸、結腸、直腸)、そして肛門からなっています。
馬の主食は青草や乾草であり、それらに含まれる食物繊維がエネルギー源の大部分を占めています。そのため、大腸が疝痛の好発部位となっています。
馬の飼主さんは、愛馬が疝痛にならないように、日々の餌の内容や量、運動の量、さらにはストレス軽減にも気を配っています。
胃潰瘍
みなさんは、ストレスが蓄積すると「胃がヒリヒリする」ということがありませんか?
馬は人以上にストレスを感じやすいようで、競走馬での胃潰瘍保有率は85.4パーセントであったとJRAの調査研究発表会で報告されています。
一方、乗馬での胃潰瘍保有率は、我々の調査では5パーセント程度でしたので、競走馬は極めて多くのストレスを感じているようです。
馬が胃潰瘍にかかると、餌を食べてすぐに痛みの症状を示しますので、胃カメラ(内視鏡)を用いて精密検査を行います。内視鏡の画像から胃潰瘍の範囲や程度を診断し、治療を行います。最も有効な治療法はストレス軽減のためのリフレッシュですが、それを補完するために抗胃潰瘍薬を投与します。抗胃潰瘍薬としては、人と同様にオメプラゾールが投与されています。競走馬の場合は、リフレッシュのために「放牧」に出されることも多いようです。
馬の飼主さんは、馬に運動を負荷しながらも、ストレスを蓄積させないような日常管理が求められています。


喉鳴り
喉鳴りの原因は複数ありますが、最も顕著な喉鳴りが喉頭片麻痺です。
喉頭片麻痺は、人をはじめとした多くの動物が罹患する喉の病気です。喉頭(気管の入り口で声帯ヒダがある部分)という部位は、反回神経をはじめとした神経の支配下にありますが、その神経が何らかの原因により麻痺してしまうと、喉頭の披裂軟小角突起という部位が機能しなくなります。喉頭片麻痺の殆どは左側に発生すると報告されています。
喉頭片麻痺にかかっても運動をしなければ特に症状はないのですが、馬のように頻繁に運動をする動物では「ヒューヒュー」という異常な呼吸音が聴かれるようになります。
喉頭片麻痺の原因は反回神経の麻痺ですので、残念ながら神経そのものを治療することはできません。そこで、喉頭形成術という術式で手術を行い、運動復帰を目指します。喉頭形成術は、とても難しい手術ですが、腕の良い先生が手術すると、罹患する前と同等の走能力を発揮できることもあります。喉頭形成術後に重賞レースで勝利した競走馬も少なくありません。

おわりに
競馬や牧場、動物園などでよく見られる馬ですが、彼らがかかる病気を知っていた人はあまりいないのではないでしょうか?
馬たちが健康に伸び伸びと過ごせるように、獣医師たちが日々奮闘していることも知っていただけたら嬉しいです。
【執筆】
帆保誠二(ほぼ・せいじ)
1964年熊本県生まれ。鹿児島大学共同獣医学部教授。博士(獣医学)。1989年に鹿児島大学大学院農学研究科獣医学専攻修士課程を修了。同年4月から日本中央競馬会に勤務。2000年2月東京大学で博士(獣医学)を取得。2012年から現職である鹿児島大学共同獣医学部に勤務し、2017年に日本ウマ科学会学会賞を受賞。
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