昨年の秋から暮れにかけて放映されたドラマ「ザ・ロイヤルファミリー」最終話に、引退した競走馬が余生をのんびりと過ごす「養老牧場」が登場しました。その影響もあるのか、午年の2026年現在、引退⾺の余⽣に関⼼を寄せる方が増えているように感じます。
競走馬は速さを追求して生産され、初期・後期育成でのトレーニングを経て競走馬としてデビューします。農林水産省の統計によれば、2024年には7,925頭が生産されました。生産された馬たちはあらゆる段階でふるいにかけられ、ごく一部の馬だけがGIレース*に出走し、さらにごく一部がその頂点に立ちます。
*JRA(日本中央競馬会)が定めるレースのうち、最もグレードが高いレースのこと
そんな競走馬たちは、年齢やケガなどによって競走生活から引退します。引退した後の彼らは、どこへ行き、どのような余生を過ごすのでしょうか。

第二の馬生
競走馬としての馬生が「第一の馬生」だとすると、引退後の生活は「第二の馬生」としばしば表現されます。
競走生活を引退した馬のうち、頂点に立った馬の多くは繁殖入りします。牡馬(ぼば:オスの馬)が種馬になる道は非常に狭く、ほとんどの場合、最高峰のレースであるGIで勝利した馬に限られます。
牝馬(ひんば:メスの馬)は牡馬よりも繁殖入りする可能性が高く、血統が良ければ大きなレースでの勝利がなくても、生産牧場に戻るケースや、競走馬時代の馬主がそのまま所有して仔を産ませるケースもあります。

繁殖入りできなかった馬は別の道をたどります。
たとえば、中央競馬出身の馬は、地方競馬へ移籍することが多いです。
また、乗用馬(乗馬)へ再就職するケースもあり、乗馬クラブや大学・高校の馬術部へ移り、競技や練習で使われます。
乗用馬の中でもひときわ目を引く存在として、競馬場で出走馬を華麗に先導する誘導馬や、乗馬競技で活躍する馬、警視庁や京都府警察の騎馬隊に属し、交通安全教育や警護などの任務にあたる使役馬があげられます。

そのほか、セラピーホースとして人々を癒す馬、堆肥づくりのために飼養される馬、製薬開発や大学などの研究馬、競馬の騎手養成のための訓練馬、相馬野馬追(そうまのまおい)などの伝統行事で活躍する馬、神社に奉納される神馬、家庭でコンパニオンとして飼育される馬など、多様な「第二の馬生」が存在します。
1頭でも多く「次の馬生」につなげたい
しかし、全ての馬が終生穏やかな余生を送ることができるわけではなく、第二の馬生に進めない馬もいます。たとえ進めたとしても、繁殖や乗馬として再就職した馬たちは、ケガや年齢によりいつかは引退します。

「次の馬生」へ進めない馬は、用途変更により肉用馬となります。馬肉として人が食するものだけではなく、肉食獣の餌、ペットフードへの活用などがそれに当たります。
経済活動の一環としての転用はやむを得ない、肉になるのは他の家畜も同じ、という考え方もあります。産業動物として割り切ることが賢い方法である――長い間、馬産業の中ではそのように考えられてきました。当会の前身、イグレット軽種馬フォスターペアレントの会が活動を開始した1990年代後半は、まだそのような考え方が根強く、業界内のタブーに触れてはいけないという空気に包まれていました。
しかし、時代の変化とともに、馬産業の中での意識も変わりつつあります。国際的にも引退競走馬の問題への取り組みが求められてきたことにより、日本でも引退馬の養老余生はもはや無視できないものとなってきました。
2022年の改正競馬法では、付帯決議の中で「引退した競走馬の多様な利活用による社会貢献等の観点からも命ある馬が可能な限り充実したセカンドキャリアを送ることができるようにすることの重要性に鑑み、こうした取組に対する競馬関係者による支援の拡充を促し、取組内容の充実が図られるよう指導すること。」が組み込まれました。その流れを受けて、「次の馬生」へとつなげる馬業界全体としての取り組みが加速しています。

サラブレッドは生まれたときから期待を背負い、名を与えられ、一生懸命走り、繁殖や乗用で献身的に働いてくれます。そんな健気な馬たちを、次の馬生へつなげたいと思っていた関係者がほとんどだったのではないでしょうか。競馬ファンにとって、時には自分の人生と重ね合わせて応援してきた「推し馬」が肉用馬になるとわかれば、心穏やかではいられません。馬に関わる人、応援する人が「生かしたい」と願うのは当然の心理だと思います。
引退競走馬を生かすことの難しさ
サラブレッドは体格が大きく、繊細な体質のため飼養管理が難しいという課題があります。庭先で手軽に飼えるものではなく、「預託料」を支払って養老牧場などに預けるのが一般的です。預託料には馬房使用料、基本的な飼料代や寝藁などの敷料代、管理料などで最低でも月額4万円は必要で、10万円を超えるケースも増えてきました。さらに、削蹄代や医療費などが別途かかります。

競走馬や繁殖馬、乗馬などの現役生活を引退した馬たちの生活にかかる費用は、馬を養う人間が負担します。この負担は決して少ないものではありません。
そこで、近年は前述のように引退馬を支援する流れがあり、「功労馬繋養支援事業」(公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル)により競馬の重賞レース勝ち馬に助成金が支給されたり、JRAが引退馬を繋養する牧場や団体に奨励金を支給したりしています。2024年には、JRAや地方競馬、馬主団体が集まって一般財団法人Thoroughbred Aftercare &Welfare(TAW)を設立し、支援を受けながら余生を過ごす馬が増えつつあります。
引退馬協会では、皆様からの会費やご寄付に加えこれらの助成・支援を受けて、馬たちの生活のために活動を続けています。また、馬を預かる養老牧場にとっても、助成金は設備の修繕・改築などに使える貴重な財源となっています。
そして、さらに多くの馬を「次の馬生」へつなぐには、新たな取り組みも必要と思われます。馬の魅力そのものを利用して収益を生む観光牧場や、馬とともに過ごすことを楽しむ馬カフェ、馬の手入れ講習会等の有料ふれあいイベントなど……、引退馬たちが活躍する場所がもっともっと増えて欲しいと思います。
おわりに
SNSの普及により、馬たちの日常を見る機会が増えました。一頭一頭の個性や豊かな表情は、多くの人を魅了しています。
馬のいる施設の多くは観光施設ではないため、訪問に関するさまざまなルールがありますが、見学者を受け入れている施設も少なくありません。そして、許可を得た上でという条件になりますが、馬とふれ合って、大きさや体温を直接感じてみてください。きっと、あなたの知らない馬の一面を知ることができます。
30年前、今の引退馬を取り巻く環境がこれほど大きく前進するとは夢にも思いませんでした。次の午年がやって来るころ、今よりももっと馬たちが身近となり、馬と人が共存する社会になっていることを願います。
[参考文献]
「馬産地をめぐる情勢」、農林水産省畜産局、競馬監督課、令和7年7月、農林水産省ホームページより
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/keiba/lin/index.html(最終閲覧日:2025年1月15日)
・競馬法の一部を改正する法律案に対する附帯決議、衆議院ホームページよりhttps://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/nousuiF642D087973CA8E3492588EE002A1DBB.htm(最終閲覧日:2025年1月15日)
【執筆】
認定NPO法人 引退馬協会
競走馬を引退した馬たちが安定した馬生を過ごせることを願い、フォスターペアレント事業や再就職支援プログラムなどで引退馬をサポートしている非営利団体。馬とのふれあい事業などを通じて、馬を取り巻く環境を改善するための普及活動も行う。1997年に設立された任意団体「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」を前身として2011年に設立。2013年に、千葉県より「認定特定非営利活動法人」(認定NPO法人)を取得。
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