野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第31回】野生動物の法獣医学が考古学分野でも貢献―北海道の遺跡から出土した骨や歯などの鑑定(前編)

※本連載で用いる遺跡という用語の定義は、以下①と②ので構成され、いずれも人間活動の証拠を示すと解されるモノゴトとします
① 人間が活動した証拠としての遺物(=出土物)で、当時の人間により作られた土器や骨角器等の持ち歩き可能なモノ
② 住居跡や貝塚の他、墳墓などのお墓を含む遺構

北海道に弥生時代は無かった?

突然ですが、北海道に弥生時代が無かったことはご存知でしょうか? 私も北海道に来るまでは当たり前にあると思っていましたが、本州でいう弥生時代の時期は「続縄文時代/オホーツク文化期」と呼ばれています。いわゆる和人以外の人々(民族)の営みがあり、その一つの民族がアイヌの人々とされています。

今回と次回の本連載では、そのような時代/時期の本道遺跡由来のモノや痕跡、保有寄生虫試料を、野生動物の法獣医学的な手法で鑑定した事例を紹介します。事例のうち2つは、論文にて公表済です。

・「本道森町倉知川右岸遺跡のタヌキ溜糞と推定された灰状堆積物から検出された小哺乳類の同定および寄生蠕虫類虫卵検査について」、北海道埋蔵文化財センター(編)、『北海道埋蔵文化財センター調査報告書196 集 森町倉知川右岸遺跡』、2004年、https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6377

・「本道厚真町上幌内モイ遺跡 擦文文化期の土坑底堆積物の寄生蠕虫類虫卵検査結果」、厚真町教育委員会(編)、『厚真町上幌内モイ遺跡(2)-厚幌ダム建設事業に係わる埋蔵文化財発掘調査報告書 2』、2007年、https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/6378

縄文タヌキの溜糞かどうかの間接的な証拠を得るための鑑定依頼

私に依頼された鑑定の調査対象は、遺物や遺構だけでなく、遺構の内外で生息していた獣関係も含まれていました。ただし、依頼の中には、本連載で紹介したような「法獣医学ど真ん中」の事案はありませんでした。

まず、本道西部にある渡島(おしま)半島の森町。駒ケ岳の美しい山容が目に飛び込む噴火湾沿いの穏やかな沿岸は、大昔の人々の穏やかな暮らしを容易に想起させます。しかし、私のもとに届いたモノは、その町の倉知川右岸遺跡内で見つかった「乳白色灰状堆積物」から出土した無粋なビニールパックとプラスチックの小瓶でした(図1)。

この遺跡は、縄文時代中期前半~後期前葉に森町(とされた地域)で人々が生活していた証拠です。その発掘現場やその調査の様子に興味がある方は、平成14年度本道埋文化センターの報告書を見てみてください。https://www.domaibun.or.jp/files/libs/66/201502021209265763.pdf

その無粋な試料は、堆積物主体(母材)の砂礫(図1左)と同所から得られた獣由来の骨・歯(図1右)が集められたモノでした。

図1.本道森町の倉知川右岸遺跡内から出土し、送付された試料一式外観。左:タヌキ溜糞とされた糞便検査用試料(本文「乳白色灰状堆積物」の母材一部である砂礫)右:依頼主側が砂礫から獣骨・歯等を可能な限り選別した、小獣類由来の検査用試料

考古学の現場調査では野生動物の知識が必須?

私に森町の遺跡の件を依頼した方は、堆積物主体の砂礫を周辺状況から「タヌキの溜糞」と判断したようです。遺跡の現場で采配を振る考古学専門家の判断でした。その方がどのような根拠でそのような結論を出されたのかはわかりませんが、野生動物にとても造詣が深い方なのだと感じました。

肉食獣のタヌキの糞であれば、捕食した小獣の骨や歯が出るのは当然ですし(図2)、依頼内容には、タヌキ固有寄生虫の虫卵の有無の鑑定も含まれていました(宿主特異性を持つ寄生虫の知識がある証拠)。

図2.1990年代初頭、本道南部某所で私が行った環境アセスメント調査の際、小獣骨が混じたタヌキ溜糞(赤丸)と目された例

しかし、遺跡化過程を含めて、人の生活が野生動物の影響を受け続けることは明らかですので、考古学の現場に立たれる方は野生動物医学や法獣医学に関する知識が必須なのではないでしょうか。もちろん、逆も然りです。今回のように、考古学の鑑定に野生動物医学や法獣医学的なアプローチをする場合、私たちに考古学の知識があれば、もっと深い調査も可能かもしれません。
この依頼の鑑定結果とそこから考察される事柄については、後編で紹介しましょう。

[参考文献]
一般社団法人鎌倉・中世文化研究センター、遺跡とはなんなのか、https://kamakura.tech/%E9%81%BA%E8%B7%A1%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。

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