動物救急で多い こんな来院理由【第3回】交通事故・転落事故

病院スタッフにも緊張が走る瞬間

健康な犬や猫がある日突然遭遇する事故。自動車やバイクにはねられた、マンションのベランダから転落した……といった電話がかかってくると、そのような事態に慣れた救急動物病院スタッフにも緊張が走ります。

点滴、蘇生薬、気管挿管、人工呼吸器などの準備を進めながらも、いったいどのような姿で来院するのか、固唾を呑んで患者の到着を待ち受けるのです。

犬や猫は人間よりも体が小さいため、大事故に遭って動物病院を受診した場合、医療行為を行う余地もなく、死亡確認となることも珍しくはありません。ときに若く健康な犬や猫たちが不慮の事故に遭うと、犬や猫たちの体が傷つくのみならず、ご家族も心をひどく苦しませることとなります。病気でペットを亡くすのも辛いことですが、健康な命が一瞬で奪われるのは悲劇です。

事故内容だけではダメージはわからない

どの規模の事故が犬や猫にとって危険かという判断は、難しいものです。

猫の転落を例にしてみましょう。猫は多少の高所から落ちても平気、というイメージをもつ人もいます。確かに、高所から落下した猫でも、空中で身をひねり、足から着地して事なきを得ることはあります。しかし筆者は、2階からの転落で膀胱破裂を起こした猫の手術をしたことがあります。

犬の転落事故も危険です。筆者は、走行中の自転車のカゴから転落して、膀胱破裂と大腿骨骨折を起こした犬に遭遇したことがあります。

小規模な事故に思えても、体の小さな犬や猫は、人間以上にダメージを受けやすいのです。

事故があればすぐに動物病院へ

犬や猫が自動車にはねられたり、マンションのベランダから転落したりした場合は、迷うことなく動物病院を受診してください。

事故に遭った後でも、しっかり意識を保っていたり、立って歩いたりする犬や猫もいます。外見上は出血が見られないこともあります。しかしながら、そのような場合でも受診をおすすめします。交通事故や転落では、少し時間が経ってから症状が出ることもあるのです。

来院前の電話連絡で、一見普通にしていると言われても、安心できないのはこのためです。

動物病院での初期対応

事故に遭って動物病院に到着した犬や猫には、まず全身のチェックを行います。

意識は保てているのか、起立できるのか、麻痺はないか、出血はないか、痛がっている部位はないか、といったチェックから始めていきます。次に、検温、血圧測定、口の中の観察、瞳孔の観察、呼吸の様子の確認、脈の強さの確認などを素早く実施します。

大きな出血や広範な皮膚の損傷以外にも、刺激への反応が鈍い、低体温、低血圧、肩で苦しそうに息をしている、舌の色が白色や紫色に見える……などの症状は、危険なサインとみなします。

危険なサインが出ていたら

危険なサインが出ている患者には、早い段階で酸素吸入や血管内へのカテーテル設置を行います。また、超音波(エコー)検査で速やかに、腹や胸の中で出血していないか、膀胱破裂はないかなどをチェックします。レントゲン撮影では、骨盤、肋骨、四肢などの骨折(写真1)や、肺や気管の異常などを確認します。ときには造影検査で、膀胱や尿道の損傷を探る場合もあります(写真2)。

写真1:マンションの8階から転落した2歳の猫。肘を骨折(矢印)

写真2:交通事故に遭った4歳の猫。尿道が断裂し、造影剤が漏れている(黄色囲み部)

出血が確認された場合には、点滴治療や輸血治療をする必要があります。肺が破れて気胸を起こしていれば、緊急的に胸に針を刺し、肺から漏れた空気を吸引しなければなりません。出血を止めたり、膀胱を修復したりするために、緊急手術を提案することもあります。痛みで苦しんでいる患者には鎮痛薬を投与したり、ときには麻薬を用いたりすることがあります。また、これらの検査や処置の過程で広く毛を刈ることもあります。

重度の事故では、心肺蘇生、気管挿管、人工呼吸治療などを来院直後に始めなければならない場合があります。重度の事故で来院する犬や猫の救命率は、決して高くはありません。命が助かっても、後遺症が残るかもしれません。ときには、体の損傷が重度なために、安楽死をご提案する場合もあります。

事故を防ぐ環境づくりを

凄惨な事故を防ぐため、最後に私見を述べます。

まず、猫は室内飼育を強く推奨します。マンションのベランダで猫と戯れることも止めたほうが良いでしょう。ノーリードもしくは伸縮自在な長いリードで犬を散歩させることもお勧めしません。

屋内と屋外を自由気ままに行き来する猫は、ストレスがなく良い生活を送っているように見えるものです。犬に関しても、外出時くらいは自由にさせたい方もいるでしょう。言葉の分からない犬や猫たちを人間の都合やルールで縛ることを、可哀想だとする意見もあります。

しかしながら、人間が人間社会で犬や猫を飼育する以上、彼らの行動は人間の都合で左右されるものなのです。そして、言葉が通じないからこそ、人間が彼らをしっかり守ってあげなければならないのです。

今日も1日、ご安全に!

【執筆】
杉浦洋明(すぎうら・ひろあき)
獣医師、横浜動物救急診療センター  VECCS Yokohama院長。東京農工大学農学部獣医学科を卒業後、浜松市の動物病院、横浜市の夜間救急動物病院勤務を経て、2022年6月に年中無休・24時間対応のVECCS Yokohamaを開院。動物救急医療のスペシャリストとして、日々多くの犬・猫の診療にあたっている。所属学会に、日本獣医救急集中治療学会、日本獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会、Veterinary Emergency & Critical Care Society。