「呼吸が荒い」「息が苦しそう」というのは、救急動物病院を受診する犬や猫たちの代表的な症状の1つです。
私たち人間も普段は特に意識せずに呼吸をしています。しかしながら呼吸という行為は、エネルギーを効率的に作り出すために必要な酸素を取り込んで、廃棄物として産生される二酸化炭素を吐き出すという、極めて重要な役割を持っています。
「呼吸が荒い」というのは、体内の低酸素状態を訴える危険な症状かもしれません。犬や猫の呼吸が荒く感じる際には、原則として動物病院を受診する方が良いでしょう。
考えられる様々な原因
呼吸の危険をまねく病気として、どのようなものが考えられるのでしょうか? 肺水腫、肺炎、肺腫瘍、胸水、肺気腫、気胸、気道閉塞、鼻炎などなど……挙げはじめるときりがありません。
心臓病を治療している犬や猫の呼吸が荒いときには、心原性肺水腫という、肺に水が溜まってしまう病気を疑うことがあります。ブルドッグのような鼻の短い犬種であれば、気道閉塞を起こしている可能性も疑います。そういった意味で、その個体が普段から抱えている病気や、品種により起こしやすい病気を把握しておくことは大変重要です。
しかし結局のところ、呼吸の危機は生命の危機です。「呼吸の異変を感じたら動物病院を受診する」という考え方をしておけば間違いはないでしょう。
酸素不足は観察がカギに
酸素飽和度という数値をご存知でしょうか? 新型コロナウイルス感染症が猛威を奮っていた時期に知った方もいらっしゃるかもしれません。
酸素飽和度は、パルスオキシメーターという機械で測定する数値です。酸素は赤血球中のヘモグロビンというタンパク質に結合し、体の隅々まで運ばれます。このヘモグロビンがどの程度酸素と結合できているかを示す数値が、酸素飽和度です。人の場合は、パルスオキシメーターで指先を挟むだけで簡単に測定可能であり、どれだけ呼吸の危機に瀕しているかを容易に知ることができます。
酸素飽和度が犬や猫でも簡単に測定できたらどんなにか良いでしょう。ほとんどの動物病院にパルスオキシメーターはありますし、測定の努力もするのですが、残念ながら体動や体毛が邪魔をしてなかなかうまく測れないことが多いのです。
酸素飽和度が測定できない場合、犬や猫がどの程度酸素不足に陥っているかを推測することは難しく、動物病院でも迷うことが多々あります。そんなときに、犬や猫が呼吸する姿を観察することは大変重要です。例えばチアノーゼという症状で、舌が紫色になっているような犬は、相当な確率で危険な低酸素状態にあると判断できます(写真1)。
伏せた状態あるいはお座りの姿勢で鼻を上に向け、上目遣いで飼い主さんを見つめながら行う、肩やお腹の辺りが大きく上下するような呼吸もまた、危険の兆候かもしれません(写真2)。
猫では、鼻の穴が呼吸に合わせ開閉を繰り返す場合や、口を半分開いて呼吸をしているときに、呼吸困難の可能性を疑います。
このようなサインが確認できる場合には、まずは酸素吸入を行い、さらにレントゲン撮影などで肺や気管など呼吸器の病気の可能性を探っていくこととなります。
ややイレギュラーな判断方法としては、まず酸素吸入を行い、それにより呼吸が落ち着いたという結果を確認して、やはり酸素が足りていないのだと判断する場合もあります。
呼吸器以外が原因の可能性も
呼吸は荒いものの、呼吸のトラブルではなく酸素吸入も必要ない……というケースも動物病院では多々遭遇します。身体検査である程度の見当がつく場合もありますが、いくつかの検査をしながら判断せざるを得ないこともしばしばあります。
呼吸器のトラブル以外で呼吸が荒くなる例をいくつか挙げます。
まず考えられるのは痛みです。首の痛み、腰の痛み、お腹の痛みなど、よくよく体を触り、その他の検査を組み合わせて判定をしていきます。発熱も、呼吸が荒くなる原因としてよく遭遇します。吐き気があり気持ちが悪いときにも、呼吸が荒くなることがあります。酸素を運ぶ赤血球が少なくなると(すなわち貧血の状態になると)、酸素をたくさん取り入れようとして呼吸数が増えます。少し難しい話ですが、体が酸性に傾くアシドーシスという病態でも、呼吸数を増やすことで体をアルカリ性に戻そうとする性質があります。
さらにはこれらの要因が、呼吸器のトラブルと合わせて症状を出しているケースもあるのです。
時には躊躇が命取りに
呼吸が荒いという症状は、時に大変危険な事態が想定される一方で、その原因が必ずしも肺や気管など呼吸器のトラブルではないことも多く、診断が難しいケースも少なくありません。飼い主さんが動物病院に連れていくか迷うこともあるでしょう。
しかし、呼吸が荒いと感じたならば、動物病院に行くことを躊躇しないでください。病気の種類によっては、たった数時間でみるみる舌が紫色になるようなこともあります。30分前には呼吸していたのにもかかわらず、動物病院に到着した時点で心肺停止となっていたような事例に、筆者は何度も遭遇しています。病院に到着して1時間もしないうちに人工呼吸器につなげなければならなくなる子もいるのです。
その変化の速さを目の当たりにするたびに、呼吸のトラブルというのは本当に恐ろしいものだなと痛感します。
【執筆】
杉浦洋明(すぎうら・ひろあき)
獣医師、横浜動物救急診療センター VECCS Yokohama院長。東京農工大学農学部獣医学科を卒業後、浜松市の動物病院、横浜市の夜間救急動物病院勤務を経て、2022年6月に年中無休・24時間対応のVECCS Yokohamaを開院。動物救急医療のスペシャリストとして、日々多くの犬・猫の診療にあたっている。所属学会に、日本獣医救急集中治療学会、日本獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会、Veterinary Emergency & Critical Care Society。