産業動物にとって欠かせない妊娠と出産
牛は人間が利用できない草資源を乳や肉などのエネルギーに変えて様々な恩恵を与えてくれる産業動物です。そのためには、お腹に新たな命を宿して出産する、というイベントが不可欠です(写真1)。
乳牛は人と同じように、子どもを出産して初めて泌乳がはじまり乳生産できるようになります。そのため、安定的な乳生産のためには、継続的に妊娠と出産を繰り返す必要があります。
酪農家で飼養されている乳牛は、出産後50~60日で次の人工授精を行い、乳生産の傍らお腹の中で新たな命を育みます。次の出産の約2か月前に搾乳を止めて(乾乳)体を休ませ、出産後にまた乳生産を開始します。出産、泌乳、妊娠、乾乳を、おおよそ12~15か月のサイクルで、平均3~4回繰り返します。
また、肉用牛の繁殖農家で飼養されている繁殖雌牛も、年1回くらいの割合で子牛を出産します。生まれた子牛は9か月齢前後で家畜市場を経由し肥育農家にわたり、そこから約20か月間肥育し出荷されます。
このように、乳牛にとっても肉用牛にとっても、妊娠と出産はとても大切な仕事なのです。今回は、人と似ている点や違う点を織り交ぜながら、牛の妊娠と出産についてご紹介していきます。
出産までの流れ
牛の妊娠期間は約280日で、人と同じです(ただし、牛では人工授精日を起点に、人では最終月経開始日を起点にしているので、厳密には牛の方が長いのですが)。人と同じように、妊娠初期には胚死滅や流産が起こることがありますが、授精後約60~90日を過ぎるとその確率はかなり減ってきます。お腹の中の胎子は、妊娠末期の2~3か月間に急速に発育し、ホルスタイン種では約40kgで出生します。
牛の出産でも、陣痛が来て破水して子牛が見えてきて…という流れは人と同じです。ただし、牛は人と違って2回破水します。一次破水では、赤茶色に見える胎胞(尿膜)が陣痛により押し出され(写真2)、破れて黄褐色の液体が出てきます。
その後しばらくして、白い袋状の足胞(羊膜)が破れ、ドロッとした白っぽい羊水が出てきます。この二次破水が起こると、前足や鼻先が見えてきて、いよいよ子牛が産まれます(写真3)。
よくテレビドラマなどで、子牛を引っ張って助産するシーンがありますね。
牛は両前足を伸ばしてその上に頭が乗っている状態で産まれてくるのが正常です(図1)。しかし、陣痛が弱くてなかなか産まれてこなかったり、子牛が大きくて産道でつかえていたり、後ろ足から出てくる逆子の状態であったりなど、時には様々なトラブルが発生します。このような時にはロープやチェーンを使い、子牛をけん引して出産の手助けをします。
人の胎児は体を丸めて頭から産まれてきます(図2)。しかし、牛の胎子は人の胎児のように頭から産道に進入している状態や、足が折れ曲がっている状態では、産まれてくることができません。その場合は、産道内に手を入れて正しい姿勢に直してから助産します。
牛の出産は1頭ごとに違っており、出産のたびにドキドキします。しかし、母子ともに無事で出産を終えることができた時は、本当に嬉しいものです。
初乳
子牛が無事に産まれてホッとするのも束の間、次は初乳をきちんと飲ませなければいけません。
人の赤ちゃんは、胎内で胎盤を介して、母親の血液から免疫グロブリン(異物が体内に入ったときに抗体として働くタンパク質)をもらいます。しかし、牛の胎盤は人の胎盤と構造が異なっており(図3、4)、免疫グロブリンが通過できないため、子牛は免疫をもたずに産まれてきます。
このため、出生6時間以内に免疫グロブリンを豊富に含む初乳を飲ませることで、子牛の体内に免疫グロブリンを獲得させることが重要です。この初乳免疫の効果は生後数か月で切れてしまいます。しかし、無防備なまま産まれてきた子牛が自身の免疫機構を成熟させるまでの間、細菌やウイルスから守ってくれる重要なものなのです。
出産後、母牛は子牛をペロペロと舐めます。舐めることで濡れた子牛の体を乾かすだけでなく、マッサージ効果で呼吸や初乳摂取を促しているのです(写真4)。
このような道を乗り越えて無事に生まれ育った子牛たちは、やがて立派な乳牛や肉用牛として、人に多くの恩恵をもたらしてくれます。
[参考文献]
・一般社団法人Jミルク. 乳牛のライフサイクル. find New 牛乳乳製品の知識.
https://www.j-milk.jp/findnew/chapter1/0103.html
[写真出典]
写真1:酪農ジャーナル電子版 酪農「PLUS+」『特集:牛の繁殖生理』掲載の写真をご厚意により掲載
https://rp.rakuno.ac.jp/archives/feature/207.html
写真2~4:堂地修先生(酪農学園大学所属)撮影の写真をご厚意により掲載
[図1~4イラスト]
ヨギトモコ
【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。