カラス博士の研究余話【第5回】カラスの素顔、スカベンジャー?

身近なスカベンジャーといえば?

スカベンジャーとは、腐肉食動物または屍肉食動物のことです。

自然界には、微生物、アリ、うじ虫など、動物の死骸を食べて生態系の循環に戻してくれるスカベンジャーがたくさんいます。しかし微生物などのはたらきを日常で目にすることはあまりないため、多くの人は「スカベンジャー」と聞いたときに、咄嗟にそれらのイメージが浮かびません。代わりに、死骸の肉を引きちぎって貪るのが似合う動物たちが脳裏に浮かぶのです。

よって、スカベンジャーという言葉で一般的にイメージされるのは、カラスやハイエナのような動物です。そして、ハイエナのような典型的な腐肉食動物がいない日本では、カラス類が代表のように思われています。

しかし、カラスは本当にスカベンジャーなのでしょうか。

実は、日本在来のハシボソガラスやハシブトガラスを含めて、基本的にカラス類の食相は雑食です。その中でもハシボソガラスは、木の実、昆虫、雑穀などを主に食べます。死肉に群がっている光景は見たことがないので、他に餌がなくなれば食べるかもしれませんが、主食ではないのでしょう。

一方、ハシブトガラスは死肉も好んで食べるため、雑食ながらスカベンジャーの顔も持っていると言えます。

他にスカベンジャーの顔を持つカラスとしては、ワタリガラスがいます。

ロンドン塔の守りガラスやオ―ディンの神の片腕を務めるワタリガラスに、スカベンジャーのイメージを付けるのは気が引けますが、バーンド・ハインリッチ著(渡辺政隆訳)『ワタリガラスの謎』には、他者を利用して食料を得る知恵者であるワタリガラスが描写されています。文中には、その食性をよく表している一節があります。「ワタリガラスは、大きな獲物をしとめる動物ならどんなものにでも付き従う」。狩りをする動物の仕留めた死肉を頂戴するために行動を共にするという意味です。ここでは、ワタリガラスがしたたかなスカベンジャーであることが記されています。

最近のワタリガラスは、冬になると北海道に渡ってきます。エゾシカ猟が盛んになった時期と、ワタリガラスが目撃されるようになった時期は、どうやら重なっているようです。エゾジカ猟では、地理的条件が悪いために獲物が回収できないことがあります。このエゾシカの未回収の獲物の存在をワタリガラスが知ったため、目撃されるようになったのだと言われています。

身近で観察できるスカベンジャーの仕事

さて、身近なハシブトガラスのスカベンジャーぶりはどうなのでしょう。

ハシブトガラスがスカベンジャーとして活動を行うのは人の生活圏内が多く、その様子が人の目に入ることも多くあります。なので「犬も歩けば棒に……」と物欲し顔で出歩けば、現場に遭遇できます。

最近は、道路で車にひかれて死亡するハクビシンやアライグマが多くなりました(写真1)。これらの特定外来生物が広く繁殖している証です。もちろん犬や猫も少なくありません(写真2)。これらがスカベンジャーの獲物となります。

写真1:車に轢かれたハクビシンの死骸

写真2:車に轢かれた犬の死骸

筆者は一時期、いろいろな骨格標本の素材にしようと、多少の骨折には構わずに野生動物の死体を轍(わだち)から収集していたことがあります。収集物の近くには、ほぼ必ず先客のハシブトガラスがいました。ハシブトガラスもスカベンジャーらしさを発揮していますが(写真3)、筆者は彼らの獲物を横取りする新種のスカベンジャーとなりました。

写真3:タヌキの死骸に集まるハシブトガラス

興味深いことに、車の往来や人通りのある危険な場所で食べることが多いためか、ハシブトガラスたちは効率を求めるようです。突っついたり引き出したりしやすい眼や肛門から嘴をつけていることが、死体に近づくと分かりました(写真4、5)。

写真4:目をくり抜かれた様子

写真5:肛門をえぐり内臓を出した後

生態系の循環や命の再分配という観点から見れば、このようなスカベンジャーの営みも、自然における大切なプロセスです。

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。