覗き見! モンゴルの牧畜文化【中編】「蒙古馬と遊牧民」

モンゴルにいる丸っこい馬

モンゴル在来種の野生馬である蒙古野馬(モウコノウマ)は一度絶滅しており、現在の蒙古野馬は飼育馬との交配種がほとんどと考えられています。両者の体型や性質は大きく変わらないようです。

一方、遊牧民が飼育しているのはモンゴル馬(蒙古馬)です。モンゴル馬は、体高約120~140センチメートルと平均的な人の背丈より低く、体重も約200~300キログラムです(写真1)。

ちなみに、サラブレットは体高約160~170センチメートル、体重は約400~500キログラムあります。サラブレットより一回り小さく、ポニーを二回り大きくしたサイズです。もちろんウマなので、イヌやネコなどと比べると全くサイズが異なる大きさです。

写真1:モンゴル馬。ロープを使う簡易な繋留

埴輪の馬(写真2)を思わせる丸みのある体型で、親近感を覚えます。読者の方の中には、「木曽馬に似ている」という表現でイメージできる方もいることと思います(写真3)。

写真2:埴輪の馬

写真3:木曽馬、高草操『日本の馬カレンダー2024』(緑書房)より転載

民話にも語られた脚力

モンゴル馬は走力もかなりのもののようです。『スーホの白い馬』という民話では、その並外れた走力が語られています。以下、その概要です。

モンゴルには、祭りなどに様々な競馬がありますが(写真4、5)、この物語ではスーホという少年と彼の馬がそのレースに優勝します。

写真4:競馬。疾走前の様子

写真5:騎手の少年

スーホの馬があまりにも優れていたため、王さまの目に留まります。王さまは、少年から馬を取り上げて自分のものにします。はるか離れたところに連れ去られた馬は、王さまの手から逃れ、一晩で千里の道を走って少年のもと帰ります。しかしながら逃走中に追っ手の矢を受け、瀕死の状態で少年のもとに駆けもどったため、少年のもとで息を引き取ります。少年はその悲しみを馬頭琴という擦弦楽器(写真6)にして、悲しさを謳い奏でたのです。

写真6:馬頭琴。持ち手の上部が馬の頭の形になっている

この物語の中心となるのは少年と馬の悲劇ですが、それと同時にモンゴル馬の走力や飼い主への忠誠心の深さも描かれています。話は逸れますが、チンギス・カンが巨大なモンゴル帝国を建国できたのも、騎馬民族と小作りなモンゴル馬の急発進・急旋回の機動性のおかげと言われています。軍馬としても優秀な馬だったのです。

移動から食まで、人馬一体の生活

現在のモンゴル国の国土面積は、日本の約4倍です。人口は約350万人であり、おおよそ宮城県と岩手県の人口を合わせた数です。つまり、広い国土に対して人口が極めて少ないため、壮大な草原の海が広がります。その草原を自由に移動するには、道路たどるのではなく、海原を思う方向に進むのが一番です。草原には給油所もないためです。少なくとも遊牧中心の生活を営む人々には、道なき道を自由に進むことができる馬が最強の交通手段になります(写真7)。

写真7:交通手段となる馬

そして一方では、かつてのアメリカの西部劇に登場するカウボーイのように、はやり馬に跨ってヤギやヒツジの管理を行うのです(写真8)。機械を使わない、人馬一体の牧畜があるわけです。

写真8:乗馬して家畜の管理を行う様子

さらに遊牧民と馬の絆を深めているのは、馬の乳を発酵させた「馬乳酒」を飲む食習慣です。モンゴルの遊牧民は、夏の間は馬乳酒でほとんどの栄養を補います。お酒というよりは乳酸飲料に近い感覚で飲みます。筆者も何度か飲む機会がありましたが、飲む薄いヨーグルトにアルコールが少し入っているような印象でした。

モンゴル馬1頭から、1日に1~3リットル程度を5~6回に分けて搾乳します。搾乳は主に女性の仕事です。泌乳量を多くするために、搾乳時には仔馬が母馬のそばに連れてこられます(写真9)。

写真9:搾乳時、母馬に仔馬を添わせる様子

馬乳は牛乳より糖度が高く、発酵に適しています。馬乳酒のアルコール度数は1~1.5%程度です。住まいのゲルには、しぼった馬乳を貯蔵し発酵させる木製の樽が備えてあり、小まめに撹拌して発酵の調整をしています(写真10)。

写真10:馬乳酒と、馬乳酒用の発酵樽

モンゴルの遊牧民にとって、ヤギやヒツジなどの家畜も大切なものですが、馬は格別のパートナーなのです。

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。