田んぼに水が張られて代掻き(しろかき:水を入れた田んぼを平らに均す作業)がはじまると、周囲はすっかり春の様相となります。春の風が、卯の花やニセアカシアなどの匂いを届けてくれます。春の光は、野鳥をはじめとした多くの生き物に新たな命の芽吹きをもたらします。もちろん、カラスにとっても春は新たな命が生まれる季節です。
この時期の田んぼには、水生昆虫やカエルなど、春の恵みで活気づく生き物がたくさんいます。これらの生き物は、カラスの子育てにおける大切な餌になります。昨年から今年初めにかけて親離れした若ガラスも田んぼで小さな群れをつくり、餌探しや水浴びなどをして過ごします。
今回は、郊外にいるハシボソガラスの、春の生活の1コマを紹介します。
未熟なヒナの子育ては大変!
地域によってはずれますが、カラスのヒナは4月初旬から中旬くらいに孵化するため、田植えのころは子育ての真っ最中となります。
ふだん目にするカラスが黒ずくめなので、「生まれたころから黒い姿をしているのだろう」と思う人もいるかもしれませんが、孵化したばかりのカラスは一糸まとわぬ姿です。生まれてすぐに歩いて餌をついばむニワトリやカモのヒナとは違い、眼も開いていない未熟な状態で卵から出てきます。
ちなみに、カラスのように未熟な状態で孵化する鳥を「晩成性」といいます。一方、カモのように餌を食べる、歩くなどの独自行動がとれる状態で孵化する場合は「早成性」です。
晩成性のヒナの子育ては、早成性のヒナより大変です。生まれたヒナには、雄と雌の両方が餌を運びます。しかし、餌探しに夢中になって巣のヒナを忘れるようなことはありません。一方が餌を探している間は、もう一方が屋上や木の枝から巣の見張りをします。餌を運ぶ間隔は15分~30分ほどで、同時に巣に戻ることもあります。
ヒナたちも大きくなるのに必死!
親鳥の世話によってヒナはどんどん成長していきます。カラスは産卵した順に卵を暖める順次抱卵の鳥なので、5個の卵を産むと孵化後の育ちは5日ほど違います。したがって、ヒナの食欲も、大食漢から小食までさまざまです。
ヒナたちは巣立ちまで必死で生存競争をします。餌を運んできた親鳥が巣の縁にとまると、待っていましたとばかりに一斉に大きな口を開けておねだりします。全員を巣立ちさせるには、均等に餌をやらなければなりません。どうやって順番を決めているのかは分かりませんが、親鳥は1羽のヒナに餌を与えると再び飛び去っていきます。孵化して2週間目くらいまでのヒナは、満腹になると巣の縁を枕にして眠りにつき、起きたらまた餌をねだるという繰り返しをして生活します。人間に例えると、授乳期の赤ちゃんにあたるかもしれません。
5月末から6月初旬の巣立ちまで、親鳥は忙しく餌を運びます。餌を運ぶ以外にも、雨風や暑い日差しからヒナを守るなどのけなげな保育をすることもあります。自然豊かな環境での、一見すると穏やかそうな子育てですが、連載の第3回で紹介したように巣立ちまでのハードルは高く、親が力を尽くしても残念な結果に終わることが多々あります。
【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
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