猫が歳を取って、眼がキラキラ、食欲旺盛、ウンチもりもり、若い頃よりも元気印。
「ん? 食べてる割には、どんどん痩せていくなぁ。ま、いっか」なんて、呑気に構えている場合ではありません。
甲状腺機能亢進症は、7歳を過ぎたら歳とともに発生率が高くなる病気です。
何が病気の原因なの?
「あ、甲状腺機能亢進症ね。ヒトにもバセドー病っていうのがあるから、いっしょだね」
猫の甲状腺機能亢進症の症状は、ヒトのバセドー病とほぼ同じですが、病気の原因が違います。ヒトのバセドー病は、自己免疫病。つまり、身体の中で作られてしまった抗体が自分を攻撃してしまう“自己抗体”というのが原因となります。この自己抗体が、甲状腺を刺激して症状が現れます。
猫の場合はヒトと違って、結節性甲状腺腫というデキモノができて、甲状腺ホルモンがガンガン出ちゃって歯止めがきかなくなるのが原因です。ヒトでは自然に治るものと治らないものがあるとされていますが、猫では自然に治ることはありません。
えっ、甲状腺ホルモンが出て元気になる。いいんじゃないの?
そもそも、甲状腺ホルモンは身体の“新陳代謝”を調節しています。つまり、脈拍数や体温、自律神経の働きを調節して、エネルギー消費を一定に保っています。甲状腺ホルモンがガンガン出ると、心臓バクバク、身体が興奮しっぱなしの状態になります。おそらく、細胞レベルでの老化がどんどん進んで、寿命を極端に縮めます。
それはマズい。どんな症状がみられるの?
甲状腺機能低下症は“一般に”次のような症状がみられます。
1.すごい食欲、ウンチもりもり
2.でも、体重が落ちていく
3.いつも眼はギラギラ、興奮することが多くて、若返ったと勘違いしやすい
4.若い頃に比べて性格が攻撃的になる
などです。
「うちの猫は太っているから、甲状腺機能亢進症じゃないなぁ」
太っているからといって、甲状腺機能亢進症じゃないとは言えません。実際、キチンと体重を測ってみると、以前に比べて軽くなっていることがほとんどです。家にある体重計に一緒に乗って、自分の体重を引いて、定期的に大体の体重をチェックするのも良いと思います。また、動物病院でしっかりと体重を測ってもらうのも良いですね。
動物病院ではどうやって診断してるの?
身体検査では、ノドの脇を触って、腫れている甲状腺を確認します(写真1A)。心拍数が異常に多いのも診断の助けになります。飼い主さんの話を聴いて疑われれば、血液を採って、甲状腺ホルモンの濃度を測定します。
また、健康診断の項目に甲状腺ホルモンの項目が入っていれば、偶然みつかることもあります。最近では、病院内で甲状腺ホルモンを測れる施設が増えています。中には、CTスキャンの最中に偶然みつかることもあります(写真1B)。
そもそも甲状腺ホルモンってどんなもの?
甲状腺から出る甲状腺ホルモンには、サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)があります。甲状腺からは、甲状腺ホルモン以外にも出るホルモンがありますが、ここでは割愛します。
甲状腺ホルモンってどうやって調節されているの?
ノドの脇にある甲状腺ですが、調節しているのは、脳にある“下垂体”や“視床下部”というところです。血液中の甲状腺ホルモンが少なくなると、下垂体から“甲状腺刺激ホルモン(TSH)”という物質が出ます。このTSHが甲状腺を刺激して、サイロキシン(T4)やトリヨードサイロニン(T3)という甲状腺ホルモンが放出されます。
逆に、血液中の甲状腺ホルモンが多くなると、TSHが出なくなって、甲状腺は刺激されず、T4やT3 が出ないということになります。うまくできていますね。
じゃあ、血液検査でT4やT3を測ればいいの?
猫の甲状腺機能亢進症は、一般に血液を採ってT4を測ります。T3はT4に比べて変化が激しいので、あまり当てにならないといわれています。T4が参考基準値を超えていて、身体検査の所見と症状が合っていれば、甲状腺機能亢進症と診断できます。
うちの猫、甲状腺機能亢進症って診断されたんですけど?
甲状腺機能亢進症の治療ですが、日本では飲み薬による治療が一般的です。飲み薬は、甲状腺に直接働いて、甲状腺ホルモンの産生を減らすようにします。通常、参考基準値の下の方に近いところで維持するようにします。残念ながら、ほとんどの場合、一生涯にわたる治療が必要です。
どんな飲み薬があるの?
日本名チアマゾール、欧米ではメチマゾールと呼ばれている成分の薬が主流です。このチアマゾールとメチマゾールは名前が違うだけで、まったく同じ物質です。その他、プロピロチオウラシルやカルビマゾールという飲み薬がありますが、日本では一般的ではありませんし、チアマゾールを上回る効果は期待できません。猫専用のチアマゾール製剤として、チロブロック®という名前の薬剤が動物病院で入手可能です。
猫の甲状腺機能亢進症は慢性腎臓病を覆い隠す?
甲状腺ホルモンは、“新陳代謝を調節している”と言いました。甲状腺ホルモンがたくさん出ると、身体の代謝が活発になります。慢性腎臓病があっても、新陳代謝が活発になると、たくさんオシッコが出て、血液の中の尿素窒素(BUN)やクレアチニン(Cre)が下がります。
甲状腺機能亢進症がない慢性腎臓病では、血液の中のBUNやCreが上がるのを確認できますが、甲状腺機能亢進症の猫では、“見かけ上”下がっていますので、甲状腺機能亢進症の治療を始めると、慢性腎臓病が浮き上がってきます。どちらかを優先すると、反対側が悪くなる。悩ましいところです。
えっ、その時はどうするの?
甲状腺機能亢進症だけだと、参考基準値の下の方に近いところで維持するように薬の量を調節しますが、慢性腎臓病が併発していれば、参考基準値の上の方で維持します。血液の中の甲状腺ホルモン濃度を少し下げて、慢性腎臓病を少しカバーするといった感じです。
猫の甲状腺機能亢進症は治せないの?
日本でできる猫の甲状腺機能亢進症の治療法には、薬を飲む、甲状腺を手術で取ってしまう方法があります。先ほども言いましたが、甲状腺から出るホルモンはT4とT3だけではなく、カルシウムを調節するカルシトニンというホルモンも出ていますので、手術して取っちゃえば、それですべて終わりということにはなりません。
他に方法はないの?
欧米では、“放射性ヨウ素”による治療が行われています。これは、ヨウ素が甲状腺に集まる性質を利用して、放射能をもったヨウ素を身体に入れて、“甲状腺を内側から放射線治療しちゃおう”という方法です。治療成績は、薬を飲む、甲状腺を手術で取ってしまう方法に比べると、きわめて優れています。残念ながら日本では、ヒト医学では実施されていますが、法律の関係で、動物病院では行われていません。
一度診断されたら、もう検査は不要?
治療を始めると、甲状腺機能亢進症の猫の多くは体重が増えてきます。しかし、病気の進行とともに薬が足りなくなりますから、定期的なT4やTSHの測定が必要になります。また、慢性腎臓病も進行していく病気ですから、定期的な検査は欠かせません。
甲状腺機能亢進症って予測できないの?
2011年に出た論文では、血液中のTSHが測れないくらい低い猫の30~40%が14か月以内、また60%が3.5年以内に甲状腺機能亢進症になると報告されています。ですから、若い猫の健康診断には、TSHを含めた方が良いでしょうし、7歳以上になってくると、T4とTSHを含めた方が良いでしょう。
早期発見で何ができるの?
早めに発見できると、甲状腺機能亢進症用のフードを開始した方が良いでしょう。ただ、猫にとって美味しくないらしく、食べてくれる猫は少ないです。少ないからといって、一度も試さないのは、どうかと思います。運良く食べてくれれば、儲けもんです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
甲状腺機能亢進症は、猫の内分泌疾患、つまりホルモン異常でもっともよくみられる病気です。欧米と違って、日本では飲み薬による治療が主流ですが、うまくコントロールできると、年単位で普通の生活が送れます。キチンと治療して、定期的な検査を忘れないようにしましょう。
もっと甲状腺ホルモンを知りたい方へ
甲状腺の中で、甲状腺ホルモンはどうやって作られるの?
小腸から取り込まれたヨウ素は、血液に乗って甲状腺に向かいます。甲状腺に入ったヨウ素は、“濾胞(ろほう)”というため池のようなところに行きます。そこにあるサイログロブリンというタンパクと結びついているチロシンというアミノ酸にくっつきます。チロシンにヨウ素が1個結びつけば、モノヨードチロシン(MIT)、2個だとジヨードチロシン(DIT)と呼ばれます。MITとDITがくっつけばT3、DITが2個くっつけばT4ということになります。図1を参照してください。
血液の中のT4やT3はどうなってるの?
甲状腺から血液中に出たT4やT3の多くはサイロキシン結合グロブリンというタンパクにくっついて流れていきます。少量のT4やT3はくっつかずに流れていて、これを遊離T4(fT4)や遊離T3(fT3)と呼びます。このfT4やfT3が細胞の中に入って働くわけです。図2を参照してください。
T4やT3はどうやって身体の隅々で作用するの?
血液中から細胞に入ったT4は脱ヨード酵素という酵素によって、T3やジヨードチロシン(T2)に分解されます。T3は細胞の核の中に入って、代謝に必要なタンパク質の合成を促します。T2は細胞から出されて、再利用に使われます。図3を参照してください。
【執筆】
難波信一(なんば・しんいち)
獣医師、博士(獣医学)、マーブル動物医療センター(神奈川県藤沢市、http://www.mvcj.com/ )院長。日本大学農獣医学部獣医学科を卒業後、テキサスA&M大学留学などを経て、1993年にマーブル動物病院(現:マーブル動物医療センター)を開設。地域の中核病院として犬と猫に対する総合的な診療を行うとともに、予約制の「猫の時間」を設けるなど、猫の診療に力を入れている。ねこ医学会(JSFM)のアドバイザーも務める。2023年に日本獣医腎泌尿器学会認定医を取得。