口蹄疫の悲劇を繰り返さないために
2010年4月に宮崎県で発生した伝染病「口蹄疫」は、297,808頭の家畜の尊い命を奪いました。口蹄疫は畜産業のみならず地域経済全体に大きな影響を及ぼし、宮崎県内の経済への影響は約2350億円に及んだと試算されています。
近年では畜産農家の大規模化・集約化が進み、ひとたび伝染病が発生したときの被害が甚大になる可能性が高まっています。それに加えて現在は、人の移動や物の流通が広域化しているため、病原体が国内外から農場に持ち込まれるリスクも高くなっています。
多くの家畜の命が犠牲になった口蹄疫の惨禍が繰り返されないように、また、大切に育てている牛をさまざまな伝染病の脅威から守るために、畜産現場では何が行われているのでしょうか。今回の記事では、農場の防疫対策について紹介します。
「家畜伝染病予防法」における飼養衛生管理基準
実はペットにも関係がある? 基準の対象となる動物たち
家畜の伝染性疾病の発生を予防するため、また発生してしまった場合にはまん延を防止して畜産の振興を図るために、「家畜伝染病予防法」という法律があります。この法律では家畜の所有者が守るべき「飼養衛生管理基準」が定められています。対象となる家畜は「牛、水牛、鹿、めん羊、山羊、豚、いのしし、鶏、あひる、うずら、きじ、だちょう、ほろほろ鳥、七面鳥、馬」とされています。対象となる家畜を1頭(羽)以上飼養している場合は、畜産業、愛玩(ペット)、学校教育、展示、研究などの飼う目的にかかわらず、飼養衛生管理基準を守る義務があります。ペットとしてミニブタ、ヤギ、アヒル、ウズラなどを飼っている方も、毎年の飼養状況を管轄の家畜保健衛生所に報告する義務があります。
病原体を「持ち込まない・拡げない・持ち出さない」
「飼養衛生管理基準」では、重点的に衛生管理をする清浄区域である「衛生管理区域」を設定し、病原体を「区域内に持ち込まない、拡げない、区域外に持ち出さない」ことを対策の基本としています。
この区域には関係者以外が無断で入ってはいけないため、柵や看板を設置して境界線が分かるようにしておき、部外者の立ち入りを制限しています。また出入り口では、消毒や、衣服や靴の交換などを重点的に行います。もちろん、区域内に他の農場で使用した物品を持ち込む場合には、消毒や洗浄をしっかりします。農場に入る車両にも消毒が行われます。
また、海外から帰国した後の1週間は衛生管理区域内に立ち入れませんし、過去4か月以内に海外で使用した衣服や靴も持ち込めません。厳しいように思われるかもしれませんが、口蹄疫ウイルスは、衣服や靴についてから63日間も生き残ることが報告されています。
野生動物はさまざまな病原体を持ち込む恐れがあるため、侵入防止柵や防鳥ネットを設置することで、農場内への侵入を防ぎます。また、家畜の飼料や飲料水への野生動物の排せつ物の混入を防止する対策も重要です。野生動物の排せつ物を体表に着けている恐れがあるネズミやハエなども駆除するほか、畜舎の清掃や消毒を定期的にします。
また、衛生管理区域内での愛玩動物(ペット)の飼育は禁止されています。これは、家畜と共通の感染症にかかったペットが衛生管理区域内外を出入りすることで、病原体を持ち込んだり持ち出したりするリスクがあるためです。
このようにして、農場に出入りする人、車両、野生動物などを介して病原体が侵入するリスクを限りなく低くすることが、農場の防疫における最も重要な点となります。
さらに、毎日の健康観察で家畜の食欲や体温などを確認し、異常の早期発見に努めます。拡がったときに被害が大きくなる伝染病への感染が疑われるような症状が見られたときには、すみやかに家畜保健衛生所へ通報し、出荷や移動を停止しなければなりません。
防疫対策は、家畜の健康と快適性を向上させる!
飼養衛生管理基準では、他にも、これらの衛生管理のマニュアルを作成して記録を保管することや、家畜保健所の検査や指導を受けることも定められています。
このように、家畜の所有者に求められる防疫対策は多岐にわたります。これらの対策をしっかりすることで、伝染病を防ぐだけでなく、家畜の病気を予防して健康に飼養することができるのです。これらの対策は、乳や肉の生産性や、家畜の快適性を向上させることにもつながっています。
[参考文献]
・宮崎県農政水産部畜産新生推進局.宮崎県口蹄疫復興メモリアルサイト.2024年5月参照.
https://www.pref.miyazaki.lg.jp/shinsei-kachikuboeki/shigoto/chikusangyo/h22fmd/index.html
・中央畜産会.飼養衛生管理基準ガイドブック:牛、水牛、鹿、めん羊、山羊編.2021年11月.
https://jlia.lin.gr.jp/eiseis/pdf/shiyoeiseikanrikijun_gb_ushi.pdf
[写真出典]
・写真1:宮崎県家畜防疫対策課より提供
・写真2、3: 中央畜産会『畜産分野の消毒ハンドブック』. 2019年2月.
https://jlia.lin.gr.jp/eiseis/pdf/disinfect_handbook.pdf
・図1:中央畜産会『飼養衛生管理基準ガイドブック 牛、水牛、鹿、めん羊、山羊編』2021年11月.
https://jlia.lin.gr.jp/eiseis/pdf/shiyoeiseikanrikijun_gb_ushi.pdf
【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。