動物園は出逢いの場【第9回】複製と変換:動物園展示の比較論のために

今回は、「複製」「変換」、そして「基本構造」という言葉を使って、動物園のさまざまな展示を比べる手がかりを示します。

行動を引き出す魅力的な展示

1985年に開園した千葉市動物公園では、さまざまな動物たちが飼育展示されています。そのなかでも、正門から入って最初に出会うフクロテナガザルは、行動域を主張し雌雄で鳴き交わす印象的な鳴き声や、ダイナミックなブラキエーション(テナガザル類が、長い腕を活かして樹上を移動する行動)で人気を集めています。

写真:フクロテナガザル(千葉市動物公園にて撮影)

テナガザルの展示場には、写真のような鉄パイプの構造物があります。テナガザルはこれらにぶら下がり、振り子のように体を揺らしながら、上下に波打つような軌道で飛び移ります。ブラキエーションの特徴に巧みに適合した、ねじれた楕円構造が、テナガザルの行動を引き出しているのです

*テナガザルのブラキエーションを雲梯(うんてい)に例えるのは、本質の理解を妨げかねません。雲梯では原則として、人間がバーをしっかりとつかんで水平に移動します。テナガザルのブラキエーションは基本的には親指を使わず、残りの指先を枝にひっかけます。

動物たちは環境に適応しながら進化したことを示す特徴的な行動をします。その行動を引き出して魅力的な展示を構成する技法は、旭川市旭山動物園によって「行動展示」として明確に概念化され、さまざまな特筆すべき事例を生み出しました。

「基本構造」と、「変換」によるヴァリエーション

写真:「あざらし館」のマリンウェイ(旭川市旭山動物園にて撮影)

2004年に旭川市旭山動物園に開設された「あざらし館」のマリンウェイは、ゴマフアザラシの垂直方向の泳ぎの巧みさをエレガントに切り出した、「行動展示」の代表のひとつです。

旭川市旭山動物園の事例は、遡って存在していた千葉市動物公園などの事例にも新たな光を当てました。これから事例が増えるほど、カテゴリーとしての「行動展示」は豊かになります。「行動展示」の基本構造を「動物たちが環境に適応しながら進化したことを示す特徴的な行動を引き出し、魅力的な展示を構成する」とするなら、個々の展示はこの基本構造によるヴァリエーションと捉えられます。試みに比較すると、次のようになります。

動物アザラシテナガザル
環境海中樹上
行動垂直の遊泳ブラキエーション

この動物種をさらに別のものに置き換えれば、新たな「行動展示」が構想可能です。このような変換によってヴァリエーションが豊かになっていきます。

別の例として、サファリパークは「放し飼いの動物たちのなかを車で移動する(ドライヴ・スルー)」という基本構造をもち、この基本構造から多くのサファリパークが生み出されました。それぞれのサファリパークは少しずつちがう動物種や趣向などを取り込むことで、互いに「変換的」につながりあっています。しかし例えば、どこかの施設が旭川市旭山動物園とまったく同じマリンウェイをつくったとしたら、「変換」ではなく「複製(コピー)」になります。

「生息環境展示」から読み取る動物園の営み

写真:樹上のシロテテナガザル(ときわ動物園にて撮影)

2016年にリニューアルオープンした山口県宇部市のときわ動物園でも、シロテテナガザルの野生さながらのブラキエーションが観察できます。この動物園では、枝によるブラキエーションの軌道を考慮して樹木が植えられています。この植栽の工夫はスマトラ島の森を調査した結果に基づいており、展示全体は「生息環境展示」としてコンセプト化されています。「生息環境展示」は、この展示も手がけた、大阪芸術大学教授であり動物園デザイナーの若生謙二さんが推し進める展示手法です。展示を「生活の場」とする動物と、来園者のどちらに対しても、高いレベルでの生息環境の再現性を提供するために、自然物を活用しています。この生息環境展示をひとつの基本構造とすることで、多くのヴァリエーションを生み出せるものと捉えられます。

そして、ときわ動物園の展示もまた、千葉市動物公園の事例の意義を照らし返しています。そこには「動物にとって良いこととは、来園者への効果的な展示とは何か」といった問いに応えるべく動物園が積み重ねてきた、千葉市動物公園からときわ動物園に至る30年あまりの営みの歴史が読み取れます。

対照により事例を分析する

写真:「あざらし館のプール凍らせ作戦」の様子(旭川市旭山動物園にて2013年に撮影)

再び、旭川市旭山動物園の事例を見てみましょう。マリンウェイは「あざらし館」の屋内展示です。マリンウェイとつながった屋外のプールでは、真冬に「あざらし館のプール凍らせ作戦」が実施されています。これは3年ほどの試行錯誤を経て、2008年に手法が確立された展示方法となります。園内の雪を集めてプールの水面に厚い氷の層をつくるとともに、ところどころに呼吸穴をあけて流氷の海でのアザラシの息継ぎの姿を示す、もうひとつのアザラシの行動展示です。さきほどの定式化の続きをするなら、次のようになります。

*温暖化の影響を受け、この数年は実施されていない。

動物アザラシアザラシ
環境海中海面
行動垂直の遊泳呼吸穴

そして基本構造については、ときわ動物園との間にも次のように、生息環境の再現のヴァリエーションとしての系列が見いだせるでしょう。

動物アザラシテナガザル
環境
再現物流氷枝のつらなり

以上はあくまでも筆者の考えであり、それぞれの園が語るコンセプトが大切にされるべきです。しかし複製と変換を区別し、いろいろなカテゴリーを立てて基本構造を分析し、展示や動物園を対照させることで、さらにさまざまな展示の生成が可能になるのではないでしょうか。また、そのような試みにより、「何が動物にとってよいことか」「動物園は何をどのように伝えるべきか」という対話が実り豊かに展開できるのではないでしょうか。それは目新しさのみを追及してしのぎを削ることとは異なり、むしろ、そのような表面的な競争への批判につながると考えます。

【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物観に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『ウソをつく生きものたち』(緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。最新刊『生きものたちの眠りの国へ』(緑書房)が2023年12月26日に発売。
動物園エッセイ
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