カラス博士の研究余話【第13回】カラスの道

朝夕のカラスの飛ぶ方向を見ていると、群れによって方向は異なりますが、それぞれ向かう先が決まっているように見えます。朝になると、その方向に朝食にぴったりの好物の餌でもあるのだろうかと思ってしまうほど、どの群れも定まった方向に飛んでいきます(写真1)。

写真1:目的地に向かって飛ぶカラスたち

一方、夕方になるとねぐらに向かい方々から集まってくるのですが、このときも群れごとに帰ってくる方向が違います。

空中の見えない通路

こんな様子を見ていると群れごと天空に道のようなものがあり、それをたどって、餌場、水場、くつろぎの場を往来しているように思えてきます。

我々はそんなカラスが通る「道」を知ろうと、5~6キロメートル四方範囲でカラスの通過点の観測を行ったことがあります。半月ほど場所を変えて、カラスの飛んでいる様子を見ました。どうやら、毎日地上から見て同じ地点を通過して行く群れがあることが分かってきました。その飛翔経路を見ているとやはり道があるように見えます。ここからはその道を「カラスの道」と呼ぶようにしましょう。

カラスの道は私たちの目には見えませんが、カラスたちにとっては確かに存在するようです。虹のように一時的に現れては消えるものではなく、常にしっかりと存在する道筋のようなものに違いありません。

たとえば、獣道という言葉があります。哺乳動物も日常の生活で通る道が決まっているのです。地上を歩きまわる中で、安全性や餌場などを考慮した結果、通る場所が固定されていきます。そうして、日々獣が通る足跡でふみ固められた一筋の道ができあがります。これが「獣道」です。彼らは日常の水場通いなどに必ずその決まった道を使います。そのような道がカラスにとっても存在するのではないでしょうか。

カラスの道の特徴と実験

もちろん、空を飛べるカラスは地上の道を歩きませんから、道は空にあり、我々には見えません。これは私の推測ですが、カラスをはじめとする鳥類は、地上の目立つ特徴(ランドマーク)を目印にして飛んでいるのではないかと考えています。つまり、カラスの道は空中に固定された線路のようなものではなく、地上のさまざまな目印を結ぶように、高度や方向を変えながら飛ぶ軌跡こそが「道」になっているのではないでしょうか。

そして、実はそれを裏付けるようなデータがあります。研究の一環で写真2のようにカラスの背中にGPSロガーを背負わせ、栃木県真岡市内で放鳥し、飛行経路を調査しました。そのカラスはおおよそ1ヶ月かけて茨城県霞ヶ浦、千葉県千葉市へ飛び、その後に真岡市まで戻ってきたのです(写真3)。

写真2:GPSロガーを取り付けられたカラス
写真3:真岡市から千葉市まで飛んだカラスの飛翔路。赤い線が飛翔軌跡。

この移動距離は直線で測っても約100キロメートルあります。カラスは空から地上を見下ろせるとはいえ、この広大な距離を一度に見渡すことはできません。そのように考えると、やはりカラスは地上の特徴的な場所、例えば大きな建物や河川、山などを目印にしながら、少しずつ進んで行った可能性が高いといえます。これらの目印をつなぎ合わせることで、カラスは自分の「道」を見つけ、元の場所へ戻ってきたのでしょう。

日本の最古の書、古事記にはカラスは道を見つけるのが上手だという例えになる話があります。それは日本サッカー協会のマークにもなっている「八咫烏(やたがらす)」という伝説上のカラスです。古事記によると、神武天皇が奈良へ向かって進軍する際、この八咫烏が紀伊地方の川や山をよく知っていて、危険を避けながら安全な道を案内したそうです。そのおかげで、神武天皇は無事に都を作ることができたと伝えられています。つまり、このカラスは優れた道案内の能力を持っていたというわけです。

鳥類の道の広がり

実は「天空の道」を通っているのはカラスだけではありません。例えば日本で繁殖するサシバは越冬のために秋は東南アジアへ渡ります。その調査では、日本から東南アジアへ移動する経路が奄美、宮古島、石垣島、フィリピン諸島など一定の場所を繋いでいることが明らかにされています。

そうです。カラス以外の鳥たちにも道があるのです。サシバ街道や白鳥街道は、まるで鳥たちの高速道路のように、国や大陸をまたぐ長距離の道筋となるでしょう。一方、カラス街道は、身近な一般道路のように、地域内を結ぶよりも小規模な道になるかもしれません。このように、空にはさまざまな規模の鳥たちの通り道があります。こうした鳥たちの目に見えない道のネットワークを想像してみると、何だか楽しくなりますね。

[参考文献]
・樋口広芳.鳥たちの旅-渡り鳥の衛生追跡 .2005.NHKブックス

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。

【編集協力】
いわさきはるか