カラス博士の研究余話【第15回】海辺のカラス

海辺の風にのるカラス

千葉の幕張に住んでいたころ、人々が海でウインドサーフィンを楽しんでいる光景をよく目にしました。

ウインドサーフィンを楽しむ人々

風と波に帆とボードを合わせ、スピードとスリルを楽しむ様子は幕張海岸では定番の景色の一つです。

近年は異常気象による風雨災害なども多く見られますが、人間は風を楽しむ手段を昔からたくさん作り上げてきました。例えば、ハンググライダーや凧あげのように、風を利用してスリルや喜びを味わう遊びです。

実は、カラスという知恵者も風と遊ぶことが大好きです。自然の中で暮らす生き物なので、風雨で人知れずの苦労もあるはずですが、海辺では翼をいっぱいに広げ、海から陸に向かう風にのり飛翔を楽しんでいるカラスがよく見られます。

海からの風にのるカラス

カラスたちは、海風の上昇気流を巧みに利用して様々な飛び方を楽しんでいます。まず、フワッと高く舞い上がり、フワフワユラユラと風にのったかと思うと、まるで風の上を滑るかのような水平飛行に移行します。さらに、突然すばやく翼を閉じて急降下することもあります。これらの動きを繰り返しているカラスは、まるで風と戯れているかのようです。周辺の仲間も同じように舞っていて、お互いに飛び方を競っているかのようにも見えます。

そんなカラスの姿に、思わず俳句を詠んでみました。

凧まねて
風受け舞いし
カラスかな

カラスたちは疲れると、防風林の松林で一休みします。そして、またしばらく風に乗り、松林の中で休憩しては舞い上がってきます。おそらく松林は、カラスにとってのねぐらでもあるのでしょう。

松林から舞い上がるカラス

また、海辺では食材にも困らないようです。海岸には、しばしば魚が打ち上げられ、カラスにとっては恰好の餌となります。

海岸に打ち上げられた海の幸を食べるカラス

貝や砂地の虫もついばんでいるようです。打ち上げられるご馳走を偵察するかのように、浜辺の水際を飛んでいるカラスもいます。水際は横風が強いはずですが、うまく風を受けて飛んでいます。

風との遊びは都会でも

もちろん内陸に住んでいるカラスも風にのることが好きです。台風の影響で風が強めの日は、絶好の風のり日和といえます。写真のハシブトガラスは、いつになく澄んだ「カァ~カァ~」とやや伸びる鳴き声を仲間と繰り返しながら風を受けて舞っていました。よほど楽しかったのでしょう。

仲間と風を楽しむカラス

ビルが乱立している市街地では、ビル風を楽しんでいるかのようなカラスもいます。ビル風とは、高層ビルの間で起こる複雑な空気の流れのことです。ビルとビルの間を抜ける剝離流や、ビルに沿って上昇する吹き上げ流などが含まれます。カラスはその気流に身を合わせながら変幻自在に飛び、都会の風を楽しんでいるようです。

もともとカラスは、すべり台をすべったり、電線で大車輪をしたり、生きることに必須とは言えない「遊び」をすることで知られています。個体の命の維持や、子孫の維持といった生き物の宿命とは異なる、豊かな生命活動を営んでいます。

実は知られていないだけで、カラスのように「遊び」という楽しい生命活動を営んでいる動物はたくさんいるのではないかと思うと、生き物への視線が豊かになります。動物との向き合いには科学的な視点と想像の視点の両方が必要なのかもしれません。

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。

【編集協力】
いわさきはるか