「初辰まいり」で有名な住吉大社には、愛くるしい小猫を授与してくれる「楠珺社(なんくんしゃ)」という末社があります。招き猫愛好家の中でもとりわけ注目度の高い神社です。
この初辰とは、毎月最初の辰の日のこと。この日に住吉大社周囲を含めた4つの社にお詣りすると願い事が叶うと言われています。この日は特に賑わい、老若男女が途切れることなく列をなします。その皆様の姿から、現代にも続く信仰の深さを感じ取ることができました。
今回はこの「初辰まいり」についてご紹介しましょう。
初辰まいりとは
別名「みのりまいり」とも呼ばれます。これは一粒のお米から万倍のお米を収穫するなど、小さな種から多くのみのりを得るご利益に由来するようです。
この例えのように、初辰まいりでは実際に小さな籾種から稲穂、御神米を得る過程をなぞっていきます。
事前の準備:ご祈祷
まず、初辰まいりに関わる3つの御社(種貸社、楠珺社、大歳社)でご祈祷を受けましょう。正式には初辰まいりをする前月にご祈祷を受けますが、初辰まいりの当日に受けることもできます。ご祈祷は申込のみで、直にご祈祷を受けるまで待つ必要はありません。時間になれば、本人が居なくともご祈祷いただけるようです。申し込みが終わると、それぞれの社から「稲種引換券」をいただくことができます。
一番まいり:種貸社(たねかししゃ)
子宝・知恵、資金調達のご利益があります。
ご祈祷を受けた翌月、種貸社にて籾種を受け取ることができます。この種は「願いの種」と呼ばれ、ご祈祷で授与された稲種引換券を初辰日に渡すと、種貸社にて籾種に交換することができます。
二番まいり:楠珺社
家内安全、商売繁盛のご利益があります。
楠君社をお詣りすると、種貸社で受け取った籾種を稲穂に交換することができます。実がついていますので、こぼさないように丁寧に扱いましょう。ここでは種が無事に育つように「願いの発達」を願います。
また、こちらでは「招福猫」を授かることができます。基本的に初辰の日でなくとも授与いただけるのですが、特に初辰の日に授かると、一層ご利益があると言われています。明治時代に入ってから花街の芸妓の間で初辰まいりが流行したそうです。
この招福猫に信仰のひみつがあります。授与いただけるのは毎月小猫1体のみ。奇数月は左手招きで、家内安全、人招き、身体健康のご利益があります。一方、偶数月は右手招きで、商売発達、お金招き、開運招福のご利益があります。この子猫たちを48体集めると、中猫と交換できます。さらに小猫48体、中猫2体を集めると、大猫と交換できるのです。右手招き、左手招きの大猫をそろえて大願成就となるのです。小猫48体集めるのに4年、大猫になるまでに12年、大願成就には24年もの月日が必要なのです。深い愛、もとい深い信仰なくして大願成就は成せません。
楠珺社で猫を神様のお使いとしているためか、住吉神社にはもう一つ猫に関する逸話があります。「它山石(とやまのいし)」(弘化2年, 松井羅洲著)によれば、住吉神社の前を過ぎた猫は鼠を捕らなくなると言われてたようです。そのため、はるか東へ回り道して、社の後ろを通るとされていたそうです。
三番まいり:浅沢社(あさざわしゃ)
住吉大社を南に抜けて少し歩くと、池に囲まれた浅沢社につきます。こちらでは芸事や美容のご利益を得ることができるようです。住吉大社にお詣りする際には、女性は必ずこちらにお詣りするのが習わしのようです。
四番まいり:大歳社(おおとししゃ)
諸願成就、集金満足のご利益があります。
大歳社をお詣りすると、楠珺社で交換した稲穂は御神米と交換することができます。この御神米は住吉大社の有する御田で収穫されたお米で、一粒万倍日にご飯に混ぜて食べるとご利益を授かることができるそうです。
このように、初辰まいりで巡った4つの社のご利益を得て、大願成就を願うのです。
住吉神社の阿於芽猫祖神とのかかわり
著書『和猫のあしあと~東京の猫伝承をたどる~』でも触れましたが、東京都青梅市の住吉神社に奉納された「阿於芽猫祖神」は、今回紹介した楠珺社の招福猫(初辰猫)と兄弟とされています。平成10年(1998年)、第八回青梅宿アートフェスティバル「招き猫たちの青梅宿 招き猫サミット」が開かれた際、商売繁盛と地域の隆盛を願い、青梅商店街から「阿於芽猫祖神」が奉納されました。青梅と大阪の住吉神社は共通して猫と関わりがあり、招き猫サミットのコンセプトに一致することから、「阿於芽猫祖神」が生み出されたそうです。
住吉大社
底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神を総称して住吉大神と称する。朝廷奉幣の22社の一つ、摂津国一の宮として名を馳せ、全国2千余りに及ぶ住吉神社の総本宮として知られる。
住所:大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
[参考文献]
・鈴木棠三著,『日本俗信辞典 動物編』,2020年(KADOKAWA)pp460
・住吉大社,『初辰まいりパンフレット』
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
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