動物園は出逢いの場【第14回】ペンギンの大地、人間的地球

Xparkにいるペンギンたち

この写真は、台湾北部の桃園市にある水族館、「Xpark」です。このエリア(ペンギンたちの飼育展示場)は、「企鵝奇遇 Penguin Life」と名づけられています。「企鵝」は中国語でペンギンを意味します(「企」には「爪先で立つ」という意味があり、ペンギンの姿を表しています)。

展示場には観覧路を挟んで「飛び地」があり、空中通路でつながっています。

Xparkでは、オウサマペンギンとマゼランペンギンの2種が展示されています。
オウサマペンギンは、南極よりやや北の亜南極と呼ばれる地域に棲み、雪や氷があまりない海岸や海に近い谷間などを好みます。

胸の2本の帯が目にとまるマゼランペンギンは、温帯性ペンギンの一種です。アルゼンチン~チリの沿岸に棲み、冬は北上(南半球なので)して寒さを避けますが、9~4月の繁殖期には南アメリカ大陸南端近くで営巣します。この写真でも、野生での窪地や浅い巣穴に似せたスペースに陣取るペアの姿が見て取れます。

ペンギンを身近に感じさせるための取り組み

「企鵝奇遇」には、こんなサイネージがあります。

自動ループ再生の個体紹介で、今年(2024年)に生まれた「あわざけ(小米酒)」も既に識別用の翼帯を身に着け、このようなかたちで登場しています。

ところ変わって、出口にほど近いカフェです。冒頭の写真を見ていただくと、ペンギンたちのプールの底に、大きな穴があるのがわかると思います。それがカフェへと通じており、軽食を楽しむ人びとにペンギンとの「奇遇」を提供しているのです。

あたりの木調や配色の落ち着きが、ペンギンの「水中飛行」の鮮やかさを際立たせます。

カフェの一帯では、動物たちをフィーチャーしたあれこれの洒落たデザインが見られ、このようにオウサマペンギンも登場します。

これも館内某所の壁面に投影されたものです。実用的なサイン類も含め、Xparkはこのような趣向の数々にも満たされています。

カフェでは、また別の出逢いもありました。既にご紹介した「企鵝図鑑」のサイネージにも登場する「Coco包*」です。今回は、ペンギンづくしで過ごしてみました。

「企鵝奇遇」に雪が降ります。

ここまでで「マゼランペンギンが温帯性で、オウサマペンギンが亜南極に棲むというのなら、それが同居しているのはどういうコンセプトなのだろう」と、思われた方もいるかもしれません。そこで思い起こしていただきたいのが、フォークランド諸島です。

人間とペンギンの関係

フォークランド諸島は、アルゼンチンの沖合の南大西洋にあり、そのロケーションから、マゼランペンギンやオウサマペンギンのほか、イワトビペンギン、南極大陸にまで分布が及ぶマカロニペンギンやジェンツーペンギンが生息する世界指折りの「ペンギンの大地」です。「企鵝奇遇」も、そんなフォークランド諸島をモデルのひとつとしています。

1982年、フォークランド諸島でアルゼンチンとイギリスの軍事衝突が起こりました。19世紀に遡る領土をめぐる対立に由来し(アルゼンチンのスペインからの独立は1816年)、結果としてはイギリスが領有権を確立しましたが、この間、敵の兵士を狙って互いに埋めた地雷の多くが地中にありました。こうして、島には人間の立ち入りが禁じられた地域が出現しましたが、ペンギンの体重では地雷は爆発しないため、それらの地域はペンギン専用の場となっていたのです。2020年11月、イギリスにより地雷は完全撤去されており、ペンギン好きにはたまらない観光スポットになっています。

人間の闘いがペンギンを利することになったのは皮肉ですが、16世紀末にフォークランド諸島の正確な所在がヨーロッパの人びとに知られて以降、ペンギンたちは卵の採取、皮やペンギン・オイル(皮下脂肪)を目的とした大量捕獲、あるいはウシ・ウマなどの導入と牧場のための生息地の開発など、人間による圧迫を被ってきた歴史もあります。もとよりそれは、フォークランド諸島にとどまらない世界史の一部を成しています。
それらがペンギンたちに与えた影響は、個々の事例について実証的に検討されるべきで、一律に判断することはできませんが、詳しくは『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(上田一生著、2024年、青土社)などをご覧ください。

ペンギンの中国語「企鵝」が、ペンギンの立ち姿を参照していることはお話ししました。あるいは、日本ではペンギンに対して「人鳥」という表記も使われています。これもペンギンの容姿からの連想でしょう。
しかし、ペンギンはヒトではありません。同じ陸生の脊椎動物(四肢動物)ではありますが、前肢を翼にした鳥類と手の機能を発達させた霊長類では、その進化の歩みは大きくちがいます。複数の種が共存し、小型種などが混群をつくる例は鳥類でまま見られることですが、ヒトが同種どうしでさえ争いがちな社会経済を持つのもまた、あまりに枚挙にいとまがありません。ペンギンは人ではないということを認識するところからしか、ペンギンとの共生を考えることはできないでしょう。

地雷原のエピソードは、人間が自分たちの営みでさえ完全にはコントロールできないことを告げているように思われます。しかし、だからこそ人間が存在する限り、ここは「人間的地球」でしかあり得ないでしょう。それが「ペンギンの大地」でもあり得るのか、人間にはその問いに応える責任があります。

Xparkの生き生きとしたペンギンたちの姿を楽しみつつ、その背景にあるものとも向き合ってみてください。それもまた、動物たちとの出逢いなのです。

*「包」は文字通り、小麦粉の生地で包んで蒸したスナック類を指し、パンは「麺包」、他にも「肉包」(ほぼ肉まん)などがあります。

【Xpark】
HP:https://www.xpark.com.tw/index

【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物表象に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『生きものたちの眠りの国へ』『ウソをつく生きものたち』(いずれも緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。
動物園エッセイ:http://kosodatecafe.jp/zoo/