最近は地球温暖化現象により、以前ほど寒さが厳しくないと言われていますが、冬はやはり、四季の中では最も寒さが身に応える時期です。
寒さばかりではありません。野生の生き物にとって、冬は最も餌に窮する時期です。いわゆる、飢えと寒さの二重苦です。しかし、自然界の生き物はそれを克服する能力を有しており、その戦略は動物によって異なります。例えばクマ、リスなどの冬眠もその一つで、餌の不足する時期に代謝を下げ、消費エネルギーを少なくして命を繋げます。クマもリスも、冬眠中の生命活動に必要なエネルギーを体脂肪として事前に蓄積し、それを燃焼して生きるエネルギーにします。
一方、飛ぶ鳥にとって体重を重くする戦略は活動に不利なので、身体に脂肪を蓄えられません。では、鳥は冬の厳しさをどうやって克服するのでしょうか。ここでは、カラスの越冬について見ていくことにしましょう。
カラスの越冬
カラスは、秋から冬にかけて群れを大きくして困難を乗り切っていると考えられています。家族や小集団で暮らしていたカラスが集まり、時には数千羽~1万羽の群れになります。彼らが集う場所を「冬塒(ふゆねぐら)」と言い、常緑の大樹ばかりでなく落葉樹や電線など様々です。その周辺では、多くのカラスが集まる姿を目にします。
一見、餌不足に集団化は矛盾しているようにみえますが、群れには多くの情報が集まり、餌場を共有することができます。明け方、餌場を知っているカラスについて行けば、餌にありつけます。大集団は方々から集まるので餌場も複数あり、行先は様々です。例えば、農村だと刈りこぼしのトウモロコシがある畑や、土中に小昆虫がいる耕耘(こううん)後の田畑などがあります。
このような命を繋ぐ食物は探せばありますが、春~初秋ほど豊富ではありません。厳しい食糧事情を乗り超える一つの手段として、晩秋から冬にかけてカラスは大集団をつくるのです。しかし、それでも春に孵った体力のない若鳥の半数近くが、越冬時に餓死をするという調査もあります。
カラスと人間の冬
正月は、カラスが神事に関わることが多くなります。普段はやっかいものですが、正月にはカラスを神の使者として、迎えた年の健康祈願、豊作凶作、年の吉凶を占う神事が各地で見られます。
例えば、境内のカラスに米や餅、昆布などを供え、カラスが啄む物によりその年の吉凶を占います。これは「御鳥喰神事(おとぐいしんじ)」と言い、広島の厳島神社や岡山の田熊神社の祭事が有名です。また、旧正月や小正月のころ、おびしゃ祭と言うカラスを描いた的に矢を放ち、無病息災を祈願する儀式もあります。
写真は、新宿区の中井御霊神社の祭事の様子です。その他にも、小正月にカラスに小さく切った餅や昆布、穀物などを供え、1年の農作業の安全や豊作祈願を行う「カラスよばり」も全国的行われていたようです。
このように、カラスにとって冬は厳しい季節であるのとは裏腹に、人社会の希望を願う儀式に神の使者として引き出される機会が多くなります。
なぜ、カラスを通しその年の行方を占うようなったのでしょう。おそらく、人間にとっても厳しい季節であるとともに、1年の始まりでも、いつもと変わらない様子で人の傍で暮らす数少ない隣人的生き物だからこそ、神の使い手としての役が与えられたのではないでしょうか。迷惑ものにされながらも人の営みに溶け込んできたカラスは、人との共生が成立しているのかもしれません。
【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
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