重要文化財の石の鳥居を潜り抜けると、巨大な極楽門が現れます。そこを潜り抜けると、空を貫く五重塔が厳かに参列者を出迎えてくれます。
ここ四天王寺には、実は「猫之門」が存在します。その門にいるのは、かの左甚五郎(ひだりじんごろう)の彫刻だと言われていました。ホームページにも載っていないので、気づかずに素通りしてしまう人も多いでしょう。
今回はこの彫刻の猫についてご紹介します。
左甚五郎の眠り猫
境内南東に位置する太子殿、こちらで猫之門を見ることができます。猫の門は木造で、切妻屋根(きりづまやね)、本瓦葺(ほんかわらぶき)の四脚門。門の前には「太子殿猫の門」と書かれた石柱があるので、注意深く観察すれば気づくことができるかもしれません。大阪の誇る古典名作落語の一つ、「天王寺まゐり」では、猫の門を四天王寺七不思議のひとつに数えています。その門の蟇股(かえるまた:横木に設置する屋根を支える部材)にちょこんと乗った眠り猫は、ピンと耳を立て、半分眠っているように見えてもこちらの気配を感じ取っているような印象を受けます。貴重な経文をネズミから守る門番だったのでしょうか。
この眠り猫の作者は、江戸時代の名匠、左甚五郎と言われていました。左甚五郎は猫の彫物を日本各地に残していて、新潟県普光寺の猫面もそうでした。四天王寺の眠り猫は元和の再建時に作成されたとのことで、猫の隣にある牡丹は『牡丹花下睡猫児(ぼたんかかすいびょうじ)*』という禅問答から着想を得ているそうです。しかし、第二次世界大戦の空襲で焼失してしまい、現在の眠り猫は大仏師である松久朋琳、松久宗琳による2代目になるそうです。このとき、青木大乗画伯も猫の門再建を記念して、眠り猫を描いて寄贈したそうです。
*牡丹の下で寝ていた猫に近づくとすぐ逃げるため、猫は寝ていたのか起きていたのか、という問い。あるいは、牡丹と猫、かわいい綺麗と感じるのは人それぞれで、他人と自分を割り切って超然とすべしという教訓もあるという。
この猫之門、普段は固く閉ざされていて、通ることはできません。一般客は太子殿南西の寅之門から入りますが、太子殿側から猫之門を覗くことはできません。
一説には、四天王寺の眠り猫は日光東照宮の眠り猫と対を成すそうで、夫婦と表現されることもあり、元旦にニャオと鳴くという話があります。
また、夜になると大阪市街のミナミに遊びに出かけ、遊びまわっていたという話もあります。そんな噂に困ったお寺は、猫が抜けださないように門に網をかけてしまったそうです。
過去、幾度となく火災に見舞われた四天王寺ですが、火災時にはまず眠り猫を案じ、かろうじて難を免れてきたことも『大田南畝全集第八巻 蘆の若葉』」に記録されています。しかし、第二次世界大戦での火災のときは、網から抜け出せず焼けてしまったと言われています。
しかし、四天王寺内部で働く方にも詳しい伝承は伝わっておらず、文献に残るのみのようです。今後、この噂話の真相をさらに文献調査など進めていきたいと思います。
四天王寺
西暦593年に聖徳太子が建立した日本仏法最初の官寺とされる。敬田、悲田、施薬、療病の四箇院を構えていたが、創建以後は度重なる戦火や天災により再建を重ねてきた。昭和20年3月14日の空襲により七堂伽羅の大半が焼失し、その時に左甚五郎の眠り猫も焼失した。寺域と伽羅配置は飛鳥時代創建当初の姿のままであり、昭和29年に重要文化財に指定された。
住所:大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
[参考文献]
・四天王寺パンフレット
・和宗総本山四天王寺、大阪市立美術館、サントリー美術館、日本経済新聞社編、1400年御聖忌記念特別展「聖徳太子日出づる処の天子」、日本経済新聞社、東京、p330、2021年
・三善貞司編、『大阪史蹟辞典』、大阪、p237、1986年
・浜田義一郎ほか編、『蘆の若葉』、『大田南畝全集』、第8巻 、岩波書店、東京、p236、1986年
・出口常順著、『聖徳太子と四天王寺 日本仏教の心2』、ぎょうせい、東京、p186、1981年
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」を開設。
X:@Jpn_Cat_Lab
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