猫に悪いところがあるならば
「猫の悪いところは、早く死んでしまうところだけ」
漫画家のこざき亜衣さんがあるテレビ番組のなかでそう言っていた。
彼女は高校なぎなた部を舞台にした『あさひなぐ』(2011~2020年、小学館)の作者で、子育てと締め切りに追われる創作の日々を紹介しながら、”生涯の相棒”としての猫について語るくだりで、ふと出た言葉だった。
「猫の悪いところは、早く死んでしまうところだけ。」
私もそう思う。
実際、猫は人間よりずっと早く年を取る。
かかりつけの動物病院でもらった猫の年齢早見表によれば、猫1才の時点で人間の17才に相当する。それが3才では28才、6才では40才と、以後、人間の4倍速で老いていく。人間なら青春のただなか17才はなんと84才、そしてそこで表は終わっている。ここらへんが寿命ということなのか。
この春19才になるうちの猫マシロ(白に黒ブチ柄、♂)を見て、私はしみじみとする。
人間ならおそらく100才に近いのだろう。耳は遠くなり、関節炎で痛む右後足をひきずるようになった。トイレで腰を落とすのもちょっと心許ない感じになり、砂もかけてこない。年老いたのだ。が、きれいな緑の丸い目は子猫の頃のまま。

そこで、変わらぬものを数えてみる。
食いしん坊なところ。美味しいものは目をつぶって食べるところ。でも食事の順番は子猫を優先してやる気のいいところ。大柄なのに気は小さくて、なのに無防備なところ。成長した自覚がないせいか、事あるごとにちっちゃな隙間―子猫時代の隠れ家―に鼻を突っ込む―鼻しか入らない―ところ。ドアやカーテンを上手に開ける頭脳派なところ。運動嫌いなところ。後足の爪切りも嫌いだし、病院へ行くのはもっと嫌いで、「慣れ」とか「諦め」とかが行動の選択肢にないこと……と、こうして挙げてみて気がついた。
変わらぬところのほうが断然多い。
というか、からだという器が19年分古くなった他には何も変わっていない。
変わらないものと変えられないもの
人間だったらなかなかこうはいかない。
人の手厚い庇護下で暮らす猫と人間とではそもそも比べようもないのだけど、社会的動物である人間が大人になるためには、「三つ子の魂百まで」とはいえ、その時どきの社会のシステムに否応なしに足並みを揃えるよう求められる。28才なら28才の分別を、40才なら40才の分別を、そんなシステムに組み込まれるにしても、馴染めず疎外感を募らせるにしても、変わらないままではいられない。
ところが猫は、(人間年齢でいえば)28才であろうと40才であろうと、生まれた時に持ち合わせた気質や種としての生き方をほとんど変更することがない。
いかに長く人間と暮らしたとしても、いかなる影響を受けることもなければ、たとえばもし、猫が人間の言語を習得したとしても、人と足並みを揃えることはないのだろう。
ひとりで生きる習性を持つ猫は、おそらく生まれた時からもう完成形なのだと思う。
そんな習性があるために、猫は病気を隠す。共に暮らす人にも猫仲間に対しても。不具合を気取られると生存を脅かされるからなのかもしれない。我慢して我慢して、結果、症状がおもてに出てくる時には、病気はかなり進んでいることが多い。
長年過ごしている安心・安全な居場所で、生存が危ういも何もあるものか、と思うが、それが猫という種の数千年変わらぬ在り方なのだ。

感謝の言葉しかない
お正月の3日に、みーみ(三毛、♀)が亡くなった。年末、4、5日前から食欲がなく、30日にミルクや流動食を食べさせたところ、吐いて下痢をしてしまったので、31日の午前中に病院に連れて行った。年末最後で年始は休診になってしまうから大事をとって、というぐらいの気持ちだった。血液検査をして、軽い胃腸炎かということだったのだけれども、検査の結果の数字の並びになんだかいやな感じがした。リンパ腫を患うチッチ(白キジ柄・♀)の検査結果と似ていた。念のため、エコーを撮ったら腹水が溜まり、すでに危機的な状況だった。が、病院も終わりで精査できない。原因がわからないまま、元旦も診察している病院で対症療法的な手当てをしてもらい、2日と3日には胸水も溜まっているのを抜いてもらい、そして夕方に亡くなった。15年超を過ごした住み慣れた家で、家族にしっかりと抱かれて。
心臓が悪かったのだろうか、でも私のベッドがお気に入りだったみーみに異変を感じたことは一度もなかった。もちろん私は余程間抜けに違いなかったが、うちの猫たちの誰より賢かったみーみは造作もなく病気を隠せたのかもしれない。

5日にはチッチ(白キジ柄、♀)も亡くなった。
二つ並んだ可愛い写真にはただ感謝の言葉しかない。共に生きてくれて、ありがとう。

猫は人間が発展させてきた「文明」の外で生きている。爪も牙も毛皮も持たず、はだかんぼうの人間が厳しい「自然」に抗って生き残るために築いた「文明」は、爪も牙も毛皮も持ち、驚異的な身体能力を備えた猫にはたぶん必要のないものなのだろう。
ただ、いるだけ。
変わらぬまま。
数千年前から、そしておそらくは数千年後も。たとえばいつか人の「文明」が滅んでも。
【執筆】
岡田貴久子(おかだ・きくこ) 1954年生まれ。同志社大学英文学科卒業。『ブンさんの海』で毎日童話新人賞優秀賞を受賞。『うみうります』と改題し、白泉社より刊行。作品に『ベビーシッターはアヒル!?』(ポプラ社)『怪盗クロネコ団』シリーズ、『宇宙スパイウサギ大作戦』シリーズ(以上理論社)『バーバー・ルーナのお客さま』シリーズ(偕成社)など多数。『飛ぶ教室』(光村図書出版)でヤングアダルト書評を隔号で担当。神奈川県在住。