今回は酷な話に変更します……
前回の最後に、今回は野生動物医学系の公的な職について紹介すると書きましたが、風雲急を告げる事態が浮上したため、撤回します。
クマ類被害への支援を含む対応として、警察・自衛隊が関わると報道がありました。
しかし、この連載では新聞報道に類するような速報的内容については議論しません。なぜなら、事態が落ち着いた時点で皆さんと実りある論議をすることが主眼だからです。
今回、このクマ類被害への対応について言及するのではなく、ここから想起される野生動物医学に関わる皆さんが向き合うべき酷な話をします。
危険動物の制動も野生動物医学系専門職に?
現在模索中の野生動物医学専門職では、クマ事態のようなこととどこかで関わる可能性が極めて高いと考えています。この職の肝には、クマ類のような危険動物を銃器によって緊急制動する技量が含まれます。
人の居住地域で即時的に射殺しなければ、手負い個体による二次被害の危険性があります。それを防ぐには、雌雄・齢・季節などにより変化する急所を瞬時に捉え、高精度射撃で対処することが求められます。実際、このことをイギリスの野生動物医学専門職修士課程で詳細に叩き込まれました。

画像1で手にしているのはスナイパーライフルです。まず、トリガーを引く前に適切な射撃姿勢になるまで「丁寧に」ご指導いただきました。危険動物より怖かった……。四半世紀前の研修ですし、帰国後に実地経験はありませんので、私には決して期待してはいけません(笑)。
手負いの動物はたいへん危険で、二次・三次被害が必発します。失敗しないように、必殺を心得てください。
野生動物医学専門職に求められる知識と技量
イギリスの野生動物医学専門職修士課程全体の概要については、本連載第7回で言及しました。その緊急射撃研修は、コースの終わり頃にロンドン警視庁にある射撃場で行われました。画像1のような実弾入りのライフルのみならず、拳銃と軽機関銃を用いてゾウやライオンなどの心臓の位置を正確に射貫く、非常に厳しく緊張感を伴う訓練でした。
この動物種からもわかるように、動物園から脱走して危険動物化した展示動物を想定した研修だったのです。
もちろん、実物の動物に向かって撃つのではなく、土塁の前に設置された動物を正確に模写した大型紙に撃ち込みます。終わるころには紙はボロボロでした。もちろん、このような知識・技量は、今般日本で問題視されるクマ類にも応用できるでしょう。
繰り返しますが、もし急所を外して中途半端な状態で街中に出ていき、そこで暴れられたら二次・三次被害は必至です。これを素早く制動するには高度な練度が必要ですし、このような総合的な知識の応用と技量は、地方公務員などの野生動物医学専門職に求められると想像できます。もちろん、楽しい業務ではありません。ですが、これが働くということです。野生動物が好きで獣医さんになろうとしている若い方には、ぜひ記憶に留めて欲しいです。

関連職域で必須の専門職学位・専門医免許
私がイギリスで学んだ手技は「殺す」ことばかりではなく、当然「生かす・救う」ものもあります。しかし、その過程で多くの「安楽死/安楽殺」もありました。苦痛を長引かせては、アニマル・ウエルフェアに厳格なイギリスでは絶対に許容されないからです。
研修は、少なくとも目の前で生きている園館展示動物を対象にした臨床研修も含まれますので、一時的かつ限定的で仮の英国獣医師免許の所持が義務付けられます。
これらのような数多の試験・実地研修を乗り越え、修士論文の提出後に授与されるのが専門職修士学位記です。私は、これらを「殺しのライセンス」だと見なしています。しかし、野生動物医学関連職においてはこういった資格が絶対に必要だと思います。いくら口で「頑張ります!」などと面接担当者に向かって言っても、形になるものが必要なのです。

国内野生動物医免許制度創設に関わり、取得
なお、私はこの「ライセンス」を得た数年後、日本野生動物医学会の同志と共に同学会専門医を立ち上げるファウンダーとなりました。要するに、野生動物医の資格を認める仕組みを創るグループです。そして、すぐにファウンダーも公平に受験することになりました。非常に厳しい試験を通過し、こちらの免許を授かりました。いずれにせよ、野生動物専門職を目指すのならば必須資格だと思います。

ということで、私の2025年分連載は以上となります。今回は「殺す」話で暗くなることばかりでごめんなさい。しかし、この職に関わるのであれば絶対に知っておく必要があると、私は思います。
それではみなさん、良いお年を!
【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。
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