虫の目線で季節を見る【第10回】越冬するシジミチョウたち

虫たちの姿を見る機会がぐっと減る冬。なかでも活発に飛び回るチョウたちの姿を見ることはほとんどありません。彼らの多くが卵や幼虫、蛹の状態で冬を過ごしているからですが、今回取り上げる ムラサキシジミ・ムラサキツバメ・ウラギンシジミの3種は、いずれも成虫で越冬するタイプで、冬の林縁や民家の庭先など、意外な場所でひっそりと生き延びています。しかし、同じ「成虫越冬」でありながら、その方法にはそれぞれの個性が光ります。

ムラサキシジミのメス

ムラサキシジミ ― 冬の日だまりに現れる青紫の輝き

ムラサキシジミは前翅長14~22ミリメートルほどのシジミチョウで、翅の表には金属光沢を帯びた青紫色が広がります。日光の角度によって強く輝くため、フィールドで出会うとひときわ目を惹く存在です。翅の裏側は一転して落ち着いた褐色で、越冬中は翅を閉じ、この翅裏を見せたままじっとしています。枯葉の影にまぎれると見つけるのは簡単ではありません。

幼虫の食草はアラカシ、イチイガシ、スダジイなどのブナ科常緑樹ですが、クヌギ、コナラなどのブナ科落葉樹も利用します。温暖な地域では初夏から秋にかけて数回発生を繰り返し、10月頃には新鮮な成虫が多く出現します。これらの個体がそのまま冬を迎え、翌年の春まで生き延びて繁殖に参加します。

ムラサキシジミの冬越しは、比較的ひらけた場所に近い林縁や明るい草地のそばの低木で見られることが多く、冬でも晴れ間には日光浴をするために姿を現します。気温が10度前後まで上がると、翅を広げて体を温め、時には周辺を飛び回ることもあります。成虫越冬とはいえ、完全に休眠状態になるわけではなく、環境条件によっては積極的に行動するため、冬場でもよく晴れた日には比較的観察しやすいチョウといえるでしょう。

越冬場所は常緑樹の葉上のほか、木々の枝に残った枯葉や、クモが産卵のために集めた枯葉の玉の隙間などさまざまです。偶然枝に引っかかった落葉のような不安定な場所であることも多く、強風の後などは飛ばされて姿が見えなくなっていることもあります。冬場に発見される個体は、しばしば翅が傷んでいるものの、厳しい寒さを耐え抜くその姿は強い生命力を感じさせます。
やがて無事に春を迎えたメスは食草の新芽へ産卵して、新緑とともに次の世代が育っていきます。

クモが産卵のために集めた枯葉の玉の隙間で越冬中のムラサキシジミ

ムラサキツバメ ― 集団越冬という戦略

ムラサキツバメは、ムラサキシジミに似ていますが前翅長18~25ミリメートルとやや大型でより深く濃い紫色が特徴です。翅の裏はムラサキシジミに似て茶色い枯葉のような模様をしていますが、オスの翅表は暗い紫色の光沢があり、メスには鮮やかな紫色の斑紋があります。後翅に短い尾状突起(ツバメのような突起)をもつことからこの名前が付けられました。南方系の種で、関東以西の暖地に分布しますが、近年は温暖化の影響や植樹であるマテバシイが街路樹や公園へ盛んに植栽されたことで分布が広がっているといわれています。

ムラサキツバメのオス
ムラサキツバメのメス

こちらも年に複数回発生し、秋に羽化した成虫が冬越しを担当します。ムラサキツバメの最大の特徴は、集団越冬を行う点です。数頭から十数頭、多いときには100頭を超える個体が集まって越冬していることがあります。

集団越冬中のムラサキツバメ

集団で越冬する理由は不明ですが、特に常緑樹の葉表に集まることが多く、ツバキ・サザンカ・カクレミノ・アオキなどがよく利用されます。翅を閉じたムラサキツバメが集団でいると、まるでそこに枯葉が積もっているように見え、少し離れるとそれがチョウだとはとても思えない外見となるため、外敵から身を守る効果があるのかもしれません。
越冬中のムラサキツバメは基本的に動かず無防備ですが、ムラサキシジミと同様に、気温の高い日には越冬場所から飛び出して日向で翅を広げている姿が見られます。
ただ、不思議なことに、越冬集団の個体数は徐々に減っていき、春を迎える前にすっかり解散していることが多いです。
そして、春になると無事に越冬できた個体が活動を再開し、産卵を始めます。こうしてムラサキツバメの命は新たな世代へとつながれていきます。

ウラギンシジミ ― 白い翅でも目立たない?

ウラギンシジミは、シジミチョウ科の中では大型の種で前翅長19~27ミリメートル、翅裏が白銀色をしていることが名前の由来です。翅表には、オスでは鮮やかな橙色、メスでは白色の斑紋があり、性差がはっきりしています。

ウラギンシジミのオス
ウラギンシジミのメス

幼虫の食草はクズ・ハギなどのマメ科植物で、こちらも1年のうちに複数回発生し、秋に羽化した個体がそのまま成虫で越冬します。ウラギンシジミの越冬の仕方は前の2種とは異なり、おもに常緑樹の葉の裏で、頭を下にした逆さまの姿勢で越冬するのが特徴です。

越冬中のウラギンシジミは翅を閉じて白い裏面を外側に見せています。この白銀色は、一見すると派手に見えますが、植物の茂みの中にいると周囲の枯れ葉の色や樹皮の色が映り込むせいか、意外と目立ちません。越冬中は冬眠状態に近い静止状態になりますが、晴れた暖かい日には、越冬場所から飛び出して林縁で日光浴をする姿も見られます。

越冬中のウラギンシジミ

ウラギンシジミの越冬で特徴的な点は、春を迎えられるのがほぼメスのみという点です。オスも越冬には入るのですが、冬の間に命尽きてしまうことがほとんどのようです。しかし、彼らは越冬前に交尾を終えているらしく、春先に活動を再開したメスはクズやハギの芽生えに産卵し、しっかりと命をつないでいきます。

一見すると虫の気配がないように思える冬のフィールドですが、冬でも青々とした常緑樹の葉や木の枝に残った枯葉のかたまりなどを見つけたら、近づいてじっくり観察してみましょう。そこにはひっそりと春を待つシジミチョウたちの姿があるかもしれません。彼らの存在に気がつくと、冬の野外観察がさらに楽しくなることでしょう。

【写真・文】

尾園 暁(おぞの・あきら)
昆虫写真家。
1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)『ハムシハンドブック』(文一総合出版)『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)など。
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ブログ:湘南むし日記

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