ホースセラピーとは
人が動物とふれあうことを通じ、心身の癒しやストレス軽減を期待するプログラムのことを「アニマルセラピー」と呼びます。そしてこの活動で「馬」を使っている場合、一般的に「ホースセラピー」といいます。
プログラム提供者の所属や専門性、目的・方法論の違いにより「障がい者乗馬」「乗馬療法」「乗馬療育」「治療的乗馬」「ウェルネス乗馬」などと多岐な呼び方をする場合もありますが、これらを総称して「ホースセラピー」と呼んでいます。

この活動では、対象になる方の抱える身体的・心理的な課題と、それに起因する日常生活での困難さに対して緩和や改善を促し、結果としてその人のQOLを改善させたいというねらいや目標があります。
馬を用いた活動での最大の特徴は「人が乗れる」ことです。活動に乗馬や馬のお世話を含めることで、目標達成を効果的に目指せると考えられています。

ホースセラピーの3分野
ホースセラピーに明確な定義は存在しませんが、その目的と実施環境により以下の3分野に整理することが出来ます。
① 医療的
② 心理・教育的
③ レクリエーション・スポーツ的
3つの領域は完全に独立しているのではなく、互いに重なりあった部分があります。

医療的分野
医療的分野は、身体機能や情緒機能の改善を目指すもので、肢体不自由の方の運動機能改善や、身体の感覚器を刺激した機能向上がその例にあたります。「治療」の側面もあることから、医療従事者がこのプログラムでは不可欠です。緊張感が伴う治療やその関連行為でも、馬の存在が心理的なリラックスを生む場合もあり、情緒的な効果も得ながらのQOL向上に向けた好循環を得られると考えられています。

心理・教育的分野
心理・教育的分野は、命ある「馬」との言葉に頼らない多元的コミュニケーションがポイントです。馬のたくましさや優しさを肌で感じることで、命の力や自らの生きる価値を見出し、心身の健全な発達に導くことが期待されます。発達障がい者を対象に、療育支援や福祉サービスの一環として提供するケースや、生きづらさを抱える人のうつ予防、意欲向上、就労支援などに役立てられると考えられています。

レクリエーション・スポーツ分野
レクリエーション・スポーツ分野は、「乗る」活動を最大限に活かしたものです。競技スポーツでは乗馬を「馬術」と呼びますが、これは動物と行う唯一のオリンピック種目であり、障がいを持った方の場合は「パラ馬術」といいます。大会参加はスポーツを通じた活動目標になりますし、その最高峰がパラリンピックです。表彰台に上がることは困難であっても、挑戦を通じて得られる達成感や馬との信頼関係、活動を支える人々との交流は日常では得られない貴重な体験です。また、馬に会うために外に出向く行為自体が、社会参加につながる可能性を含んでいます。
ホースセラピーでは何をするのか
実際のホースセラピー活動では、以下の体験を組み合わせたり、部分的に選択することでプログラムを構成していきます。
1.対象者に活動実施を告知する
2.馬のいる施設に行く(馬が施設に来る)
3.馬に近づく(馬が近づく)
4.馬を眺める
5.馬にさわる
6.馬のお世話をする(ブラッシング、厩舎作業など)
7.馬と一緒に身体を動かす(馬に乗る・馬車に乗る・並んで歩くなど)
8.馬のいる場所で過ごす(休憩する、他の人の活動を眺める、別の作業をするなど)
9.馬との出来事を家族や他の人と話して振り返る
整理するために番号をふりましたが、対象者によってはこの順番通りに進めない方もいれば、途中でやめる方、馬を眺めるだけで満足する方もいます。また、ここではふれられていない別の活動へと発展することも考えられます。

対象者の心身のコンディションや体格、スタッフのスキル、馬のサイズや調教度合い、活動場所の施設整備など、その実施日によって変化する要素も含まれています。加えて、馬は周囲の物音に驚いて突発的な動きをする場合があるので、入念な準備が必要です。
活動責任者(インストラクター)は、目標を達成するためにその日準備できる要素を総合的に判断し、関わるスタッフとも相談しながらホースセラピーのプログラムを組み立てます。
具体的に、どのような効果があるのか
乗馬を含めたプログラムの場合、以下のような効果が期待できます。
身体的効果
・全身への刺激による筋力強化
・平衡感覚の発達によるバランス向上
・姿勢の改善とその維持
・総合的な緊張の緩和
・循環器、呼吸器などの内臓機能への好刺激
・新陳代謝の改善
・腰痛予防
精神的効果
・達成感や満足感
・自信の向上
・不安や恐怖心の軽減
・多動傾向の軽減
・非言語的コミュニケーション能力の向上
・対人関係を築くコツの気づき
・社会的な協調性や順応性の養成
教育的効果
・「馬」という動物を知る
・馬にまつわる作業や仕事を知る
・いきものとの対話を通じて絆を育む
・責任感や自立心の養成
・コミュニケーションスキルの向上
・挑戦意欲の高まり
ここで注意するべき点は、一度の体験でこれら効果の全てが実感できるわけではないということです。スタッフなどと良好な関係を築き、対象者がリラックスした状態で馬に乗り、それを繰り返し行うことが前提です。ホースセラピー継続者から、このような変化を客観的に感じ取れる場合もあると考えてください。

おわりに
心と体の両面において魅力的な効果を期待できるホースセラピーですが、実施にあたって以下の事柄が揃っていることが望ましいです。
① 良い調教が施された経験豊富で適切な体高の馬
② 活動に対応できる知識と経験を持ったスタッフ
③ 人馬とも心地よく安全に活動できる環境
④ 活動提供を安定して持続できる経済性
これらを整え、多様な利用希望に対応できる施設は、残念ながら国内にはまだありません。施設や団体関係者に対象を絞るか、強い動機と情熱を持った対象者親族や施設スタッフにより、乗馬施設での活動が小規模に支えられています。しかしながら、活動の有効性は前述した通りで今後の発展も期待されるため、業界団体や福祉施設、大学などでその活動を支援する取り組みや研究が進められています。もし、あなたがホースセラピーを体感したいと思ったならば、まずは近くの乗馬施設に出向き、許可を得てからその姿をのんびりと眺めてみてください。必ずしも「乗る」ことが必要なのではありません。馬がたたずむ姿を見て、近づきたい、さわりたい、乗りたい、といった意欲が湧いてきたなら、それがこのプログラムの原点です。

ホースセラピーの実施は簡単なことではありませんが、人類の長年のパートナーである馬の活躍をひろげ、人との幸せな関係づくりにつながるものです。このプログラムに寄せる想いに多くの人々が向き合い、ホースピタリティ(馬によるおもてなしで相手を笑顔にさせるホスピタリティ)の精神を持って関わることができれば、国内にも活動場所が増えていくことでしょう。
[引用文献]
高見京太・佐野竜平 編、『人馬のウェルビーイング』、クリエイツかもがわ、2025年
【文・写真】
深野 聡(ふかの・さとし)
東京都出身、学習院大学卒。東京乗馬倶楽部公益推進室長・法政大学現代福祉学部兼任講師。渋谷区立代々木ポニー公園の管理責任者として乗せてきた子どもは開園以来30万人以上。障がいを持った人や乗馬による健康づくりをサポートするウェルネス乗馬を考案。日本障がい者乗馬協会、東京都馬術連盟、関東学生馬術協会の理事を務め、パラ馬術、ホースセラピー、学生馬術の多方面に従事。全国乗馬倶楽部振興協会では、中央委員として馬の多様な利活用推進に関わっている。
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