野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第29回】有蹄類に感染するウイルスはなんで畜舎の犬や猫へ感染しない? -「鯨偶蹄類」進化・生態からの考察

「種の壁」があるから大丈夫?

2026年(令和8年)が明けました。本連載は今年も続きます。これまで同様、よろしくお願いします。

今年の干支の「午」は「牛」と字面が非常に似ており、老眼の私はいつも混乱してしまいます。しかし、牛馬が代表的家畜な点は共通です。そして、多くの畜舎(牛舎・厩舎)内を、あたかも専属スタッフかのように闊歩する犬や猫の姿をしばしば見かけることも同じではないでしょうか。日々厳しい作業を癒す欠かせない存在たちに、たまたま畜舎に立ち寄った私ですら癒されます。

しかし口蹄疫(こうていえき)やインフルエンザなどで厳戒体制となった際、和やかさは消えて緊張感・閉塞感が畜舎内をおおいます。そういった時こそ「アイドル」が必須ですが、牧場主さんから「うちのワンちゃんやミャー(猫)ちゃん、大丈夫なの?」と心配され、診療のために立ち寄った獣医師に問うのではないでしょうか。
つまり、有蹄類に感染するウイルスが犬や猫にも感染しないのか心配ということで、問われた獣医さんは間髪入れずに「種の壁」があるので心配無用と答えるでしょう。しかし、その「種の壁」とは頼りになるのか、そもそも「種の壁」とは何かなどと次々に疑問が沸き上がります。

実は、私もある動物(仮にH:host 寄生虫を宿す動物)に特定寄生虫(仮にP:parasite 寄生虫)がいる、またはいない事実を
「“宿主特異性”だからです。」
と何気なく返答してきました。しかし、落ち着て考えると「種の壁」と同じくらい曖昧でした。
今なら、H体内とP体表の細胞レベルの機能(至近要因*¹)と、H-P関係の進化(究極要因*²)にわけて説明します。
*¹ 生物個体が示すある現象を個体内の細胞や組織等の機序からその原因を示す進化・生態学的な用語。適応的な行動を解釈するために生じた
*² ある生物種が示す特異的な行動等の現象を個体群の適応進化面からその原因を示す進化・生態学的な用語。至近要因と対で用いられる

たとえば、至近要因的には、Hの腸細胞・組織などのはたらきでPを受容し、Pの体表もHからの免疫(攻撃)に対抗するはたらきが生まれ、HとPが安定したつながりをもつことになったのでしょう。しかし、このような関係にない他の寄生虫は、卵などの段階で排除されます。
しかし、このような関係は、Hの祖先とPの祖先の長期間のお付き合いがないと成立しません。もちろん、そのような出会いが最初から無かった他の寄生虫は寄生できませんし、出会うきっかけがないとこのような関係が生まれることはありませんでした。

安定関係成立は相互の適応進化の賜物

HとPの間では安定しながら他の寄生虫を排除する関係は、HとP双方にとってプラスになります。この場合のプラスとは、次世代にいかに多くの遺伝子を残すのかどうかです。

このようなH-P間の関係が遺伝的に固定化され、最終的に「種の壁」や「宿主特異性」(または自然宿主、耐性、共生)などと表現されることになりました。なお、HもPもいきものなので、絶対的ではなく例外も存在します。先程の理を無視し、出会いがしらの交通事故的な寄生・感染を起こす偶発的な例もあります。このような偶発的な事象の一つがコロナ禍だったわけです。

いわゆる自然宿主とウイルスの先祖による相互の適応進化?

それでは、牧場主さんが心配する、家畜に感染するウイルスが犬や猫に感染するかどうかの話に移ります。家畜や犬、猫をはじめとする胎盤を持つ哺乳類をH、ウイルスをPとして、進化大枠を浅川(2026)に沿って説明します。ただし、大枠でも迂遠で漠然としています。何しろ、取っ掛かりが数億年前の古生代の大海に出現した超巨大な陸地の塊(図1)から説き起こしますから。

図1.古生代に出現した超巨大な陸地の塊(パンゲア大陸)。黄色の四角内には現大陸名、それ以外となるローラシア大陸については本文参照。その南のゴンドワナ大陸とは南極等今の南半球にある諸大陸が連結した陸地の塊名

この「超巨大な陸塊」はパンゲア大陸と呼ばれ、この塊が大陸移動(説)のパワーで分離し、最終的に今のアフリカ大陸やユーラシア・北米大陸などとなったとされています。そのパンゲア大陸には、胎盤を有する哺乳類(=有胎盤類という獣で、真獣と呼ばれる)の先祖がいました。その祖先真獣は、アフリカ大陸に地理的に隔離され、アフリカ獣上目などに進化・適応放散して今のゾウなどになりました。同時に、ユーラシア・北米両大陸につながった陸地(ローラシア大陸)の真獣は、ローラシア獣上目となりました。ローラシア大陸ではモグラのような食虫類の真獣が誕生し、それが木の上で暮らすようになると、キモレステスという現在は絶滅した肉食獣になりました(図2)。これがセンザンコウ(現在も東南アジアやアフリカに生息している)に進化する一方で、草原にも進出して顆節類という草食獣を経て(図3)、メソニクス類という別の肉食獣となり(図4)、さらに陸棲偶蹄類(牛やキリンなど仲間)と水棲イルカ・クジラ類に分かれました。

図2.キモレステスの化石(上:下顎骨)から復元された想像図(下)
図3.メソニクスの化石(上:下顎骨)から復元された想像図(下)
図4.顆節類メソニクスの化石(上:頭蓋骨、右側面)から復元された想像図(下)

さらっと説明しましたが、陸上の地味な肉食獣が、海の中の大きなクジラにも進化したとされる点は驚くべきことではないでしょうか。進化という現象は、このように先祖が同じでも形や生活が全く異なる子孫動物も生み出すのですね。

キモレステスですが、牛などに進化する道筋を作った以外にも別ラインを開拓し、最終的に犬や猫を含む今の食肉類にもなりました。一度簡単にまとめましょう(図5)。

図5.キモレステスから現生食肉・有蹄類に至る系統の大枠

図5の陸生有蹄家畜を含む偶蹄類にたどり着くまでに、いずれかの時期に生息場所でウイルスに感染してその後も共存していたはずです。また、そのような有蹄家畜のウイルス(の先祖)がどこかで犬や猫の先祖に感染していてもおかしくないと考えられます。なぜならば、双方宿主の祖先は、キモレステスあたりまで遡るとほぼ共通でしたので、ウイルスへの感染性も同じであったと考えても無理はないと思います。もちろん、あくまでも私の想像です。しかし、その後、双方食う・食われる関係となり、ウイルス感受性にも差異が生じたと想像できます。

その結果、宿主側は感染(発症)しない個体が自然選択で残り、ウイルス側も発症させない(動物を殺さずに体内に残る)個体が自然選択で残ったことが、「種の壁」形成につながったのでしょう。

食う食われる関係に入り込むウイルス

たとえば、アフリカ~ユーラシア/北米大草原で繰り広げられた、被食者偶蹄類と捕食者食肉類の生態関係では、捕食者も野生偶蹄類を真っ向から襲うのには骨が折れます。いくらライオンでも、元気な水牛を狙うのは命懸けです。水牛は俊足で追跡が大変ですし、反撃も強力です。蹄や口を少々「痛めつけられていれば」逃げ足は低下し、反撃力も低下します。水牛が餌になる前にウイルスが殺してしまうのであれば餌資源としては困りますが、このように生かさず殺さず程度であれば、捕食者はとても助かります。
また、獲物の草食獣は、放置すれば個体数を著しく増加する獣です。捕食による個体数の制限は、植物資源量も適切に保たれるので自分たちの首を絞めることにはなりません。

なお、草食獣が増えやすいことは、日本の現状からも実感できると思います。実際に、シカやイノシシの大増殖に悩まされていますし、シカは樹木枯死の原因となり、日本各地で「白骨林」を作って農作物に甚大な被害を与え続けています。
したがって、有蹄類に感染するウイルスは、結果的に生態系のバランスを維持し、草食獣にとっては自身の生息地を安定化させるので適応的と解されます。

一方で、捕食者としては、獲物となる動物のウイルスが自分たちにも感染することは適応的ではないので、早々に耐性が生じたことでしょう。

このようなことが複合的に反映され、有蹄家畜のウイルスが残り、かつ、犬や猫などの肉食獣に感染しない自然選択のプロセスとなったと想像できるのではないでしょうか。前述した通り、キモレステス⇒食肉類⇒顆節類⇒陸棲偶蹄類のラインに、馬などの奇蹄類は含まれません。人類の相棒である馬の感染症も気になるところです。それに加えて、人と動物の共通感染症の面では、霊長類などの系統も気になります。その話は別の回としましょう。

[訂正とお詫び]
本連載第25回目で、シュモクザメ単生類をヘテロボツリウム類(Heterobothrium)としましたが、所属科がHexabothriidaeですので、正しくはヘクサボツリウム類です。ここで訂正し、お詫び申し上げます。なお、ご指摘くださった国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産技術研究所 養殖部門病理部診断グループ 主任研究員/瀬戸内寄生虫多様性研究所の新田理人先生に感謝申し上げます。

[引用文献]
・浅川満彦、酪農学園大学野生動物医学センターWAMCにおける飼育食肉類を対象にした研究概要-特に寄生蠕虫病症関連について、酪農大紀、自然、50、2026年、印刷中

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。

「いきもののわ」では、ペットや動物園・水族館、野生動物、動物関連イベントなど、いきものにまつわる様々な情報をお届け中!
メールマガジンでは、特集記事の紹介や次月特集の一部をチョイ見せ!
登録はこちらのフォームから。ぜひご登録ください!