左甚五郎作・魔除けの猫面
第1回に続いて、新潟の普光寺に伝わるもう1つの猫伝承を紹介しましょう。
それは、左甚五郎が制作した魔除けの猫のお面です。
左甚五郎は江戸時代初期に活躍した伝説的な彫刻家で、代表作に日光東照宮の眠り猫があります。左甚五郎は毘沙門天に信仰を寄せており、この寺の毘沙門堂で詣で勤行をした際、猫面を奉納したそうです。現在、この猫面は悪魔除と火災除の御利益があるとされ、寺宝として大切に祀られています。
この猫面には、不思議な逸話も残っています。
江戸後期の頃、猫の面が大声で鳴く事件が起きました。何事かと思った矢先、現在の本町北端の民家から出火しました。その火種は勢いを増し、ついには浦佐を覆う大火となったのです。その炎はとどまることをしらず、炎が堂まで届こうとしたそのときです。不思議なことに、山門の龍像から水が噴出し、普光寺は延焼を免れることができました。その後、寺を守った猫面は魔除けの猫として敬われるようになりました。
残念ながら、現在奉納されている猫面は檀家から寄贈された複製です。本物は1931年の火災で失われてしまいました。
この伝承にちなんでか、寺には猫面をあしらった猫顔の鬼瓦も残されています。
近年、左甚五郎の猫面を模した「浦佐の猫面」が復元されました。もともと押合大祭で売られていましたが、昭和初期に廃絶していました。
左甚五郎が魔除け猫を彫った理由は詳しくわかっていません。毘沙門堂のご住職にお話を伺ってみると、次のように話されていました。
先に坂上田村麻呂ゆかりの裸押合大祭があり、それに集まっていた若者連中が化け猫を退治したのかもしれません。その伝説に創作意欲が刺激され、猫面を彫ったのではないでしょうか。
化け猫退治から始まった伝統が猫面を生み出すきっかけになったように、伝説が伝説を紡ぎ、さらなる新しい伝統を生み出していくのかもしれません。
普光寺
新潟県南魚沼市浦佐2495
引用文献:越後浦佐毘沙門堂 国指定無形民俗文化財日本三大奇祭 裸押合大祭 パンフレット
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、ツイッターなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
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