宝光院は、名刹「弥彦神社」の北東に位置しており、弥彦神社とつながりが深い小さな密教寺です。1868年の明治維新の前は、宝光院の住職が弥彦神社の社僧として仕えていた時代もありました。
1196年(建久6年)8月8日に源頼朝が大日如来を本尊として開いた当時は「龍池寺」と呼ばれていましたが、その後、宝光院のみを残して廃寺となりました。明治初頭の神仏分離令や廃仏毀釈運動などによってさらに衰退したものの、現在地に移転して再興された来歴があります。
今回は宝光院にまつわる伝承「妙多羅天」を紹介します。
その前に、誤解のないように初めに断わっておきたいことがあります。民間伝承の「妙多羅天」とは異なり、宝光院に伝わる「妙多羅天」は猫と関係がないのです。これは宝光院のご住職に直接確認したことですから、間違いありません。ここでは、あくまで民間伝承として地域に残る妙多羅天(猫多羅天)の伝承を中心に紹介していきます。
『北国奇談巡杖記』の「猫多羅天女の事」
まず、猫と関連する猫多羅天女伝説を紹介します。以下は、鳥翠台北茎の『北国奇談巡杖記』(文化4年[1807年]刊)巻三「猫多羅天女の事」に記載された伝承です。
弥彦神社の末社には、猫多羅天女の毛髪が残されており、その毛髪は佐渡国雑多(さわた)群小沢の老婆のものだという。
あるとき老婆は、一匹の老猫が砂の上で転がって戯れているのを見つけた。老婆もこの老猫と一緒になって戯れた。老婆が戯れを数日間続けていると、自然と身が軽くなり、飛行自在の妖術を得た。そして、天から地へと走るうちに毛が生え、見る人の肝をつぶすほど凄まじい形相となった。
老婆は、山河が崩れるほどの雷鳴を轟かせて越後の弥彦山に移ると、数日間霊威をふるって雨を降らせた。困った村人は老婆を鎮めて、猫多羅天女として崇めた。猫多羅天女が年に一度、佐渡へ渡る日は、雷鳴が轟いて国中を脅かすのだという。
しかし、上記はあくまで民間伝承なので、宝光院で奉っている妙多羅天とは異なります。
宝光院の「妙多羅天女縁起と婆々杉」
宝光院に祀られている妙多羅天女は、弥彦神社の鍛匠(たんしょう)(鍛冶職の家柄)であった黒津弥三郎の祖母(一説には母)です。
以下に、宝光院にまつわる「妙多羅天演戯」を紹介します。
1079年(承暦3年)に弥彦神社が造営された際に、上棟式の奉仕で争いがあった。争いに負けた鍛冶匠である黒津弥三郎の母は、ひどく勝者を恨み、心が昂じて化け物となった。
化け物はものすごい形相で雲に乗り、蒲原の古津(新潟県新潟市)、越中の立山(富山県)、加賀の白山(石川県)等へも飛行し、悪行の限りを尽くした。特に子供をさらったそうだ。人々からは「弥彦の鬼婆」と呼ばれ、恐れられた。
1156年(保元元年)、高僧と名高い天海大僧正は弥彦の大杉の下で鬼婆を諭し、秘密の印籠を与えた。すると、鬼婆は改心し、神仏、善人、子供の守護に尽くした。改心した鬼婆には「妙多羅天」という名が与えられ、今も宝光院に祀られている。
鬼婆を諭した大杉は宝光院にあり、弥彦の婆々杉(ばばすぎ)と呼ばれている。樹齢約1000年と推定され、新潟県の指定天然記念物に認定されている。樹高40m、幹周10mの巨木は見る者を圧倒する。鬼婆のさらった子供はこの杉まで連れてこられたとも言い伝えられている。
住職の話によれば、新潟県の周辺には子をさらう「ヤサブロウバサ」と呼ばれる妖怪の伝承も多く残されており、弥彦の鬼婆とつながりが感じられます。雪女の伝承と同様に、「悪い子はヤサブロウバサに連れて行かれるぞ!」と子供をたしなめるときに話されてきたそうです。
妙多羅天女の仏像は、毎年10月15日にだけ開帳されます。猫伝承と直接の関係はありませんが、弥彦神社へ参拝した際に覗いてみてはいかがでしょうか。
帰り道で、地面に転がる「猫さま」を見ました。私も試しに転がってみたところ、背中にゴツゴツがあたって気持ちいいのです。猫さまも毎日ツボに刺激を受けているから健康なのでしょう。
なんだか私も、凝った体が軽くなり、電気を帯びたような気がしました。はて、セーターでも着ていたでしょうか?
宝光院
新潟県南西蒲原郡弥彦村弥彦2860-2
[参考文献]
・宝光院パンフレット
・鳥翠台北茎『北国奇談巡杖記』1807年(文化4年)巻之3「猫多羅天女の事」
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、ツイッターなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
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