猫本専門 神保町にゃんこ堂さんがつくる「思わず立ち止まってしまう書棚」

「いきもののわ」の「猫特集」では猫本を専門に扱っている書店を取り上げていますが、その第2弾は東京・神保町の姉川書店「猫本専門 神保町にゃんこ堂」です。店主の姉川二三夫(あねかわ・ふみお)さんに、姉川書店内のショップ・イン・ショップとしてはじまった「にゃんこ堂」の来歴や、お客さんに喜んでもらうために大切にしていることなどをお聞きしました。

写真:姉川書店「猫本専門 神保町にゃんこ堂」店主の姉川二三夫さん

お客さんが立ち止まる書棚をつくりたい

当時、ネット書店の台頭や、話題の書籍の取り寄せが小さな書店では思うようにいかなくなってきたなどの理由が重なり、売上が大幅に落ちていました。僕もまだ元気ですから、引退するには早いと感じていたのですが、売上がないと続けていけませんし、ずっと書店勤めでしたので他の仕事ができる気もしません。

そこで「お客さんが立ち止まってくれる書棚をつくりたい」と娘(姉川夕子さん)に相談したところ、「猫の本を並べてみたらおもしろいかも」と提案されました。当時、猫本専門の実店舗は前例がなかったのですが、調べてみるとおもしろい本がたくさんあったので、「いけるのでは」という気になりました。

そこで、2013年6月10日に猫本を50点ばかり厳選して書店の一角に並べ、「にゃんこ堂」をはじめました。すると、お客さんが立ち止まって書棚をみてくださるようになり、そこばかりお客さんが集まる状態になったんです。

はじめは4棚だけでしたが、反響に応じて約半年後には猫本が店内の半分を占めるようになりました。とても評判がよかったため、1年も経たないうちに店のすべてを「にゃんこ堂」に切りかえたんです。

雑誌の特集、新聞記事、口コミなど、いろいろな方法で知っていただいているようです。とくに口コミが多いのですが、理由のひとつは「自由に写真を撮って、投稿してよいですよ」とお伝えしているからかもしれません。この店では、すべての本の表紙がみえるように並べているので、SNSなどで店内の写真をみただけで「本当に猫だらけだ」「こんな本もあるんだ」と興味をもってもらえるようです。背表紙だけでは内容の詳細が伝わらないですが、表紙がみえることで「こんな猫が登場する、こんな本なんだな」と確認できます。

写真:新刊だけではなく、すべての本の表紙がみえるように並べられている

また、テレビの力も大きかったですね。「にゃんこ堂」をはじめてしばらくしたころに、NHKの朝の番組で「神保町に珍しい書店がある」と取り上げてもらいました。全国放送だったので、各地からいろんな問い合わせがあり、お客さんも一気に増えましたね。

最近では『かんばん猫』というテレビドラマの第1話の舞台になりました。2022年のドラマなのですが、再放送などもされているようで、それをきっかけに店を知ったお客さんもいます。ドラマでは田中要次さんがこのカウンターに立って僕の役をしています。周りに「田中要次に似てるんじゃない?」などと言われて、「そうなのかなあ」と思ったりもしましたね。

写真:テレビドラマ『かんばん猫』でも登場したカウンターで店内を見守る姉川さん

新型コロナウイルスの感染防止策として、東京都から古書店に対しても休業要請がありました。神保町は古書店の街でもありますから、一気に人気(ひとけ)がなくなりました。「にゃんこ堂」は新本書店なので対象外でしたが、やはり来客が一気に減りましたね。それでも、感染症対策などの工夫をしつつ、なんとか今では客足が戻ってきました。

コロナ禍をきっかけに変更したままのこともあります。例えば、コロナ前は営業時間を20時までにしていたのですが、以後は18時に閉めています。「仕事帰りには寄れないかな」という閉店時間で申し訳ないのですが、お客さんもだんだん慣れてきたみたいです。

ゆっくりとみて、何度でも来てほしい

なにはともあれ、猫が好きな方がいらっしゃいます。これがいちばんの特徴ですね。

そして、皆さんとてもゆっくりと店内を回っていただいているのも特徴です。「にゃんこ堂」をはじめる前は、目当ての本をさっさと購入されるお客さんに、「ありがとうございます」のひと言だけで見送ることが多かったんです。ところが「にゃんこ堂」になってからは、時間をかけて過ごしたあとに、レジに何冊も持ってきて話をしていかれるお客さんが増えました。「ゆっくりみていってください」と僕がいつも声をかけているのが理由かもしれませんし、本だけではなく、ポップやポスター、グッズなど展示物が多いからかもしれませんが、皆さん小さな店内を丁寧にみていかれます。嬉しいですね。

写真:店内の隅々までゆっくりみるのも楽しい

そんな雰囲気なので、何か1つのジャンルがとりわけ多く売れているわけではありません。猫に関する幅広い本を置いているので、そのお客さんがふだん読まないようなタイプの本についても「こんな本があるなんて、知らなかった」と手に取っていただけるんです。うちではビニールがけをしていませんから、中身を確認して「やっぱりおもしろそうだ」とそのままお買い上げいただきます。書店としてはありがたい限りですね。

遠方からのお客さんが多いのも特徴です。さきほどいらしたのは鳥取の方でしたし、今日の開店時間には札幌からのお客さんが店の前で待っていました。大きなバッグを持っている方には「どちらからですか?」と話しかけたりしています。土地勘がなくても覚えやすい立地なので、また東京にいらしたときに立ち寄ってほしいですね。

2回、3回と来てもらうために、お客さんの話をお聞きしたり、グッズだけを購入する場合でもオリジナルブックカバーを差し上げたり、工夫していることはいろいろとあります。オリジナルブックカバーはとりわけ喜んでもらえますね。

『わたしのげぼく』や『猫又指南』などで有名な猫絵作家のくまくら珠美さんが、「にゃんこ堂」開店当時から関わってくださっていて、オリジナルブックカバーもデザインしてくれました。通販での注文も、このブックカバーをつけて発送しています。また、通販でたくさん買ってくださった方には、神保町のパンフレットや情報誌をつけることもあります。皆さん喜んでくださいます。

写真:店の外からも、くまくら珠美さんのかわいらしい猫のイラストがみえる

廣済堂出版さんに「一緒につくりませんか」と声をかけていただいて、くまくら珠美さんとのコラボグッズとして企画したトートバッグなどを店頭で売っています。それ以外にも、お声がけいただいていろいろなグッズを出しています。

あとは、2015年に『猫本専門 神保町にゃんこ堂のニャンダフルな猫の本100選』という本を宝島社から出版しました。残念ながら今は品切れになってしまいましたが、この店ではよく手に取っていただきました。

猫好きな娘と猫の手を借りつつ

こんな店を運営しているので「猫派なんですか?」と訊かれがちですが、僕自身は猫も犬も好きです。娘の夕子は、家で猫を飼っていることもあって猫が大好きですね。

1代目猫店長のリクオは亡くなってしばらく経ちますが、娘が保護猫として迎えたリクジロウが2代目猫店長になっていて、同じく保護猫出身のスミレと暮らしています。店には猫はいませんが、娘がFacebookなどにリクジロウとスミレの動画を投稿しています。

ふだんは妻と私の2人で運営していますが、週に1回は娘が店を手伝ってくれています。僕のような年齢になると、写真を撮ってSNSなどで発信したり、インターネットを介した通販の受付をしたりといったことはなかなか難しいんです。ありがたいことに、そのあたりは娘が手伝ってくれていて、「お父さんが店を続ける間は手伝う」と言ってくれています。

娘は本が好きなので、本の内容を紹介するポップも書いてくれています。600種類以上の本がありますし、店が混むこともあるので、僕が本の内容を十分に説明できないこともあります。そういうときにポップはとても参考になるんです。店内の至るところにポップが掲示されていますが、すでに撤去したものや、これから並べるものを含めると、もっとたくさんありますよ。

写真:それぞれの本の魅力を伝える、手づくりのポップ

娘と一緒に仕事をできるとは思っていなかったので、そういう意味でもうれしいですね。娘が職についてからは会う回数も減っていましたが、週に1回は顔を合わせて話をすることができるのも「にゃんこ堂」をオープンしたおかげです。

これからもいろんな人を喜ばせたい

地方から東京に出てきて、書店員として働きはじめたのが、姉川書店の前身である「荒井南海堂書店」でした。当時はおもに教科書を取り扱っていました。

この荒井南海堂書店ですが、地下鉄・三田線を建設するとき、建築資材置き場にするために一時的になくなったんです。店がない期間、僕は別の書店で働いていたのですが、いざ再建するというタイミングで荒井南海堂書店の社長から「自分も高齢になったから、この場所で独立したいなら店を譲る」と声をかけてもらったんです。

とんとん拍子に話が進んで店を譲ってもらい、屋号も「姉川書店」に改めました。こんなによい場所にお店はなかなか持てませんから、ご縁があって助かりました。書店の歴史が積み重なるにつれて僕も年を取りましたが、まだ引退するには早いと感じています。もう少しこの書店を続けて、いろんな人の喜ぶ顔をみたいと考えています。

姉川書店「猫本専門 神保町にゃんこ堂」

東京都千代田区神田神保町2-2姉川書店内
http://nyankodo.jp