「いきもののわ」が2024年2月にお届けする「猫特集」では、猫と本のどちらも大好きな人のために、猫の書籍やグッズを専門に扱っている書店を取り上げていきます。
第1弾の今回は、福岡の猫専門書店「書肆 吾輩堂(しょし わがはいどう)」店主の大久保京(みやこ)さんに、今月で11周年を迎えるお店の軌跡や、猫への情熱、運営するうえで大切にしていることなどをお聞きしました。
前例がなかった「猫の書店」
猫専門書店を開こうと決意したきっかけは何だったのでしょうか。
約30年前にはじめて猫を飼ったとき、猫に関する本をたくさん漁りました。当時はいまほどインターネットが普及していなかったため、図書館や書店に通って本を探したのですが、そのときに「手っ取り早くたくさんの猫の本にアクセスできる、猫専門書店があったらいいのにな。そんな書店を開けたら素敵だろうな」と思いつきました。ただし、当時は北九州の美術館で学芸員として働いていたため、「そんなことできるわけがない」と念頭から外して、そのまま忘れていたんです。
そのあと2010年まで働いていましたが、博多から北九州まで通勤しながら子ども2人を育てる生活を続けるうちに「家の近くでできる仕事がないだろうか」と考えるようになりました。
そのとき、「私、猫の書店を開きたかったんだ」と、ふと思い出したんです。
2011年春から、書店関係者に話を聞いたり、起業塾に通ったり、福岡古書組合に入ったりといった準備をはじめました。
そのときは猫専門の書店を調べてもほかにみつからなかったので、前例のないものをつくるのだという意気込みでのぞみました。素人の私が「猫専門書店を開きたい」と言うと、古書組合の方々に「猫だけなんて、成立するわけがない。美術館にいたのなら美術書も扱う書店にしなさい」と忠告されました。それに対して「プロがこれだけ反対するということは、逆に奇想天外でおもしろいコンセプトなのでは?」と天邪鬼な考えを抱いたのを覚えています。
最初は古書店の準備として、少しずつ古本を収集しました。東京・神保町などの古書店街で猫の本を探したり、猫の書籍の巻末に掲載されている参考図書から芋づる式にピックアップしたり……。そして、徐々に新本も仕入れるようになりました。最初は出版取次の業者と取引する余裕はなかったので、子どもの文化普及協会から買い切り契約で仕入れたほかは、すべて出版社との直接取引でした。いろいろな出版社に電話して「猫専門書店を開くのですが、そちらの本を取り扱いたいんです」と、説明や交渉を進めていきました。今思うと、出版社の方もよくこんな素人を相手にしてくださったと冷や汗が出ます。
こうして実店舗に先駆けて、オンラインショップをオープンする準備が整いました。
大反響のオンラインショップ
オープン後はどんな反応がありましたか。
2013年2月22日にオンラインショップをオープンしました。反響はとても大きく、複数のネットニュースで取り上げられたほか、掲示板にスレッドが立ったりもしました。また、すぐに東京の出版社数社から「本を出さないか」と声をかけていただきました。そのときのご縁で、2014年に洋泉社から『猫本屋はじめました』という書籍を出版しています。
ウェブサイトのデザインがとても素敵で、目を惹きますね。
要素を継ぎ足しはしていますが、オープン当時からデザインはほぼ変わっていません。ロゴマークは、歌川国芳の絵をもとにしたものです。準備をはじめた2011年に真っ先に作成しました。私は国芳が大好きで、国芳と猫の関係についてのエッセイを美術館の図録に書いたこともあるんです。
本のジャンルとして掲載されているのは、小説、エッセイ、ノンフィクション、画集、写真集、絵本などの児童書、ネコロジー、雑誌などなど……。ネコロジーは、猫に関する科学的な本を指す、私が勝手につくった造語です。あとは、お知らせ記事「ニャース」や、イベント情報なども掲載しています。学芸員時代に図録に載せる原稿を書いたり、データ集めなどをした経験があるので、ウェブサイトの編集作業は苦になりません。
夢だった書店は、いろんな人が訪れる場所
いまは実店舗も運営されていますが、その構想はいつごろから練っていたのでしょう。
実店舗を構えることは当初から決めていました。そのため、オンラインショップを運営しつつ、物件を探していました。でも、お客さんが落ち着ける静かな立地で、ギャラリースペースが確保できる2階建てで……と条件を並べていくと、理想の物件にはなかなか巡り合えません。
そうこうして最終的にみつけたのがいまの店舗です。緑あふれる大濠公園近くにあり、博多駅からも近い便利な立地なのですが、護国神社の土地なので再開発がされておらず、昭和の雰囲気が色濃く残る路地となっています。古い建物を改装し、2018年12月3日に夢にまでみた実店舗をオープンしました。
店舗にある約5000冊の書籍は、九州大学総合研究博物館から永久貸与していただいている木製の什器に並べています。また、クラフトビールやギャラリーも楽しめる空間になっています。
譲れないポイントだったギャラリースペースもフル活用しており、2023年は月に1回くらいのペースで展覧会を開催しました。坂本千明さん、つじにぬきさん、ミロコマチコさん、猫野ペすかさん、難波瑞穂さん、はしもとみおさん、奥村門土さん、さとうゆうすけさん、うりぼうやさん、井上奈奈さんに出品していただきました。
作家や作品の選定、交渉、作品展示などは、学芸員時代の経験が生きています。人気作家は何年も先まで予定が埋まっていることもあるので、常に先の企画を練っています。また、おもしろい内容にするために、作家さんには直接お会いして、打ち合わせをしています。これからも楽しい展覧会を企画していきますので、ウェブサイトやSNSでチェックしてください。
実店舗には、地元の福岡や九州からのお客さんが多いのですか。
ありがたいことに、全国各地から来ていただいています。また、国内だけではなくて、香港、台湾、韓国からの観光客も多くいらっしゃいます。「どこで知ったんですか」と尋ねたことがあるのですが、Googleマップで検索したり、SNSで知ったりと、猫好きの人は猫の情報を探して集まってくるんです。
とにかく猫が好きだという人が集まりますので、思いがけない縁に恵まれることもあります。なんと、お店を開いたあとに知り合った研究者の方から夏目漱石の『吾輩は猫である』の初版本を譲っていただいたこともあるんです。吾輩堂という名前を掲げていますので、ご神体として店舗とは別の場所に大切に保管してあります。
猫に対して情熱を注ぐわけ
大久保さんは、小さいころから猫がお好きだったのでしょうか。
幼少期から動物全般が好きで、特に猫が大好きでした。でも、子ども時代は家族の事情で猫を飼うことは叶わず、最初に猫と暮らしたのは大人になってから。きっかけは、庭に落ちていた子猫を拾ったことです。
いま一緒に暮らしている4頭もすべて野良猫出身で、子猫から育てました。年長から、もじゃ(17歳、オス)、チーチー(13歳、オス)、チロ(10歳、メス)、そして最後に飛梅太(7歳、オス)といいます。4頭とも店舗にはおらず、自宅で「広報部」の猫店員として働いています。
飛梅太(とびうめた)は名前からお察しの通り京都生まれで、和歌の名家である冷泉家の軒下からやってきた「公家猫」です。友人である作家の原田マハさんの紹介で、私が迎え入れることになりました。これも、吾輩堂のご縁かもしれません。獣医さんに「助からないかも」と言われたほど小さかったのですが、ごはんをあげているうちにみるみる丈夫になり、いまとなってはいちばん大きい体の持ち主です。彼は『吾輩も猫である』(新潮社)の中で、原田マハさんの手によって「飛梅」という短編になっています。
画家の藤田嗣治も似た言葉を残していますが、人に甘える性質と野獣性が同居しているのが猫のおもしろさです。また、こんなふうに生きられたら人間も楽だろうなと思わされる気ままな正直さもありますし、それでいながら「人の気持ちを読んでくれているな」と感じることもしばしばです。あらゆることが矛盾しているからこそ、想像をかきたててくれます。だからこそ、猫は文学者や画家に愛されてきたのでしょうね。
自ら楽しみ、お客さんにも喜んでもらう
雑貨はどれくらい扱っていますか。また、どんなものが人気ですか。
最初は少しだけでしたが、「いいな」と感じたものを置いていくうちに増えていって、いまでは2000点ほどでしょうか。猫雑貨にはいろいろなジャンルがありますが、大人向けのものをセレクトしています。なかでも文房具や九州でさかんな陶磁器が目立ちますね。新型コロナウイルス感染症が流行する前には、海外へ買い付けに行ったりもしていました。とくにチェコの雑貨が好きで、「猫と糸巻の栞」などおもしろいものを仕入れています。少し写実的なのが特徴ですね。
吾輩堂のオリジナルグッズも制作しています。開発することが楽しいんです。自分も欲しくなるような、吾輩堂にしかないものをつくりたいと考えています。一筆箋やポストカード、メモ帳、手ぬぐい、栞、唐津焼のお皿、ハンカチ、ポーチ、眼鏡拭き、ステッカーといった文具、箸置きなどの陶磁器、オリジナルエコバッグやカレンダーなどが人気で、変わったものでは猫のひげ入れもあります。いろんな作風の作家さんとコラボしたグッズもたくさんあるので、ウェブサイトでチェックしてください。
一筆箋はパリで『長靴を履いた猫』のハンコをみつけ、「これで一筆箋をつくりたい」と活版印刷所に持ち込んだのがきっかけです。カレンダーは毎年のヒット商品です。作家さんやデザイナーと打ち合わせを重ね、ビジュアルだけではなく、紙質などもかなりこだわっています。
どんなグッズでも、いちばん嬉しいのはお客さんに喜んでもらうことです。手に取った方の笑顔をみると、「つくってよかった」とつくづく思います。
グッズはひとりで企画しているのですか。
グッズの企画や製造管理はもちろん、本や雑貨の仕入れ、オンラインショップでの受注や発送、会計を含めた事務処理、展覧会の企画や運営、ウェブサイトの更新など、基本的にはあらゆる業務をひとりでこなしています。365日のうち360日は働いているんじゃないかというほど大変ですが、ひとりで全部こなしているからこそ、好きなことを気ままにできて楽しいんです。
2021年には、イラストレーターのユカワアツコさんの描いた絵物語『暦売浮世情(こよみうりうきよのなさけ)』を発行元として出版しました。これからも、猫好きの方に喜んでいただけるような書籍を出版していきたいと目論んでいます。
私は、人生の後半を吾輩堂にささげるつもりでいます。書店の運営や展覧会などについても、楽しみながら積極的にチャレンジを続けるつもりです。
吾輩堂さんの今後の展開が楽しみです! 本日はありがとうございました。
書肆 吾輩堂
福岡県福岡市中央区六本松1-3-13
https://wagahaido.com/