猫の本棚さんが提案する「猫がテーマのシェア型本屋」

今回は店内にある複数の本棚を別々の人がレンタルする、新しい形態の「シェア型本屋」の紹介です。猫をテーマにし、売上の一部を猫の保護団体に寄付する「猫の本棚」オーナー店主の水野久美さんに、店名の由来やシェア型本屋ならではの魅力をお聞きしました。

写真:「猫の本棚」店主の水野久美さん

猫を支え、人が交流できる本屋を

子どもの頃から生きもの全般が好きだったのですが、大人になって猫を飼いはじめてから猫が大好きになりました。なので、遺棄された猫たちの話を聞くたびに心を痛めていたんです。そして、猫たちを支えるために今の自分に何ができるか考えたときに、猫の保護団体への寄付だろうという結論に達しました。

本屋にも憧れがあったため、売上の一部を猫の保護団体に寄付する業態を計画しはじめました。本もグッズも含めた売上の3パーセントを、主に地元の「ちよだニャンとなる会」という猫の保護団体などに寄付しています。

飼い猫はドーラという名前で、店のマークのモデルでもあります。猫族を偏愛する画家の川邊りえ先生がこのマークを描いてくださいました。かわいいマークですが、実際は気の強い子なんですよ。

写真:水野さんの飼い猫のドーラくん

写真:川邊りえ先生の描いたドーラくんの絵が店のマークになっている(上、下)

壁に飾られている絵もドーラがモデルで、棚主のひとりでもある著名イラストレーターの開田裕治先生が描いてくださいました。ウルトラマンやゴジラ、最近ではスティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』のポスターなどを描かれたことで有名なレジェンド的なイラストレーターさんですが、実は大の猫好きなんです。

写真:開田裕治先生の描いたドーラくんの絵が飾られている

イラストレーターや作家さんには猫が好きな方がたくさんいます。『作家と猫』(平凡社)でも、そうそうたる作家さんたちがいかに猫を溺愛していたかを示すエピソードと写真がたくさん載っていました。本と猫は相性が良いんです。

本屋への憧れのほかに、サロン的な空間にも憧れがあったため、いろいろな人が交流するきっかけになれるシェア型本屋を選びました。

それぞれの棚には棚主さんの人柄や価値観が出るので、棚が名刺の役割を果たします。そうすると、お客さんが「この棚って私と趣味が合うな」と思ったときに、X(旧Twitter)で「これ買いました」と「#猫の本棚」のハッシュタグと一緒に投稿してくださいます。それを「猫の本棚」側でシェアすると、棚主さんも投稿を目にして、こういう人が買ったんだな、こういう感想なんだな、と知ることができます。そうすると、本を通じて自然に人と人が出会えるんですね。

棚主さんが補充作業をしているときに別の棚主さんと会って交流が起きることもあります。オンラインではなく実際の空間だからこそ偶然の出会いが起きるんです。棚主さん同士で気が合う人は、Xでつながったりもしています。

棚主となることでキュレーターの立場で新しく人とつながれるのは、シェア型本屋ならではの楽しさです。

2021年から共同店主で映画評論家・映画監督の樋口尚文と物件探しなどの準備を進め、2022年1月にオープンしました。まったく借りてもらえないことも想定していたのですが、開店時にメディアに取り上げられたこともあり、すぐに本棚は埋まりました。

今は、150個ある本棚のうちの100個を貸し出しています。残りの50個とテーブルは企画コーナーです。大島渚監督、青山真治監督、大森一樹監督といった故人の鬼才監督たちが生前に所蔵して、実際に読んでいた本や、私や樋口がセレクトした映画関係の本などを並べてあります。

写真:さまざまな本が並ぶ店内

PVで評価されない平等な場

猫の保護団体に寄付していることもあり、猫好きな方が自然に集まりがちです。「錆猫書房」さん、「サラのきもち」さん、「三毛猫書店」さん、「ねこジェンヌ」さんなど、猫をテーマにした棚は多いですね。ほかは映画関係が目立ちますね。でも、それに限らず棚主さんごとに自由に好きな本を置いています。ちいさな専門書店が集まったような形です。

写真:「ねこジェンヌ」さんの本棚

写真:「サラのきもち」さんの本棚

こちらから勧誘やキュレーションをすることはないので、それぞれの棚がまったく違う世界観をもっているところが魅力ですね。一般の新刊の書店は、新しくて売れるものを置きますが、「猫の本棚」にはニッチな本がたくさん並んでいます。棚主さんが皆さんとても良い方で、本のセレクションもおもしろいんです。

自然、お客さんもいろんな方がいらっしゃるので、滞在時間も人それぞれです。片っ端からすごく熱心に見る方もいれば、本好きの方が持つ「好みの本を探しあてる嗅覚」を駆使して、欲しい本をすぐに発見して買っていく方もいます。テイストが本棚ごとに違うので、好みの本がみつけやすいんですね。

棚主さんが誰であれ、どんなテーマの棚であれ、平等に作為なくディスプレイされているのが「猫の本棚」の魅力のひとつです。たとえば、春風亭一之輔さんという人気の噺家さんの本棚がある一方で、ふだんは一般の会社員をしている方が出している本棚もたくさんあります。猫をテーマとした棚も、馬をテーマとした棚も、視覚障がい者の方がオーディブル対応の本を集めた棚もあって、すべてが隣り合っています。

インターネットの世界では、人の影響力はフォロワー数やページビュー(PV)でまったく変わってきます。しかし「猫の本棚」はどんな棚主さんも特別扱いをしないので、有名であってもなくても同程度の露出ができるんです。PVですべてが決まるネットの世界に対するささやかな抵抗ですね。「自分はただの本好きの一般人だから」と敷居が高く感じている方にこそ棚主になってほしいと思います。

他のシェア型本屋だと棚主さんが持ち回りで店番をするシステムも多いんですが、「猫の本棚」は基本的には私と樋口と、樋口の大学での教え子さんたちで回しています。店番をするのがネックになってシェア型本屋に参加できていなかった方でも参加できますよ。

「猫の本棚」という名前ながら売るものは本に限定しておらず、いろいろなものを受け入れられるようにしています。レコードや画集などの大判のものでも置きやすいように、あえて縦長の本棚にしてあるので、何を置いても見やすいんです。低くすれば1段ぶん増やせたんですが、私のこだわりとしてゆずれませんでした。

本以外を売っている棚も、面白いものばかりですよ。

たとえば「FOG CATS」さんは、サンフランシスコにある猫と本を愛するアーティスト集団で、猫モチーフのグッズを販売しており、品物は国際郵送されてきます。「Salida」さんは、現代音楽の貴重な音源を見つけ、作家や著作権利者の方と交渉してCD化して売っています。「金継ぎアトリエ Gosha Rie」という、金沢の金継ぎ師さんが作品を出している棚もあります。このたびの能登半島地震で被災されましたので、ささやかながら「能登支援」として金継ぎ作品フェアを行い、能登の材料を使った金継ぎ体験講座を催すことにしました。「猫の本棚」としても、オリジナルのトートバッグやステッカーなどの猫グッズや、イラスト、招き猫などを販売しています。

写真:「FOG CATS」さんの本棚

写真:「能登支援」として「金継ぎアトリエ Gosha Rie」の金継ぎ作品をポップアップ。さらに能登の材料を使った金継ぎ体験講座も実施することに(上、下)

写真:招き猫は人気商品

店内のディスプレイに雰囲気があるからか、レンタルスペースとしての利用依頼もしばしばあります。テレビ番組や雑誌のインタビューの撮影場所などをはじめとして、さまざまな場面で使用されています。

おもしろい例として、Vtuberさんの3Dモデルがモーションキャプチャーで動くバラエティ番組を、ここで撮影していました。Vtuberという現代の若者の文化が、この本屋に注目してコラボをするというのが、一見ミスマッチなのにどこかなじんでいました。

人をつなぐ空間として、イベントの企画に力を入れていきたいです。

2023年12月に、竹本聖子さんのチェロ、向井理絵さんのフルートといった実力派奏者のソロコンサートを催したんです。狭い店内ですが、10人程度でしたらゆったりと座って音楽に耳を傾けることができました。楽器と距離が近いので、お客さんの集中度が凄くて、みなさん大満足しておられました。

2024年1月には、女優の中尾幸世さんの朗読会をしました。佐々木昭一郎さんという鬼才ディレクターが制作したドラマ作品において長らくヒロインを演じてきた伝説の女優さんです。是枝裕和監督、犬童一心監督、岩井俊二監督、細田守監督といった映画人にものすごく影響を与えてきた方で、私も大ファンなんです。ファンの方がたくさん集まって、皆さん大感激して朗読に聴き入っておられました。3月には女優の村松えりさんが三島由紀夫を読む朗読会や、津軽三味線奏者の澤田邦風さんによるコンサートを開催します。

シェア型本屋の本質は人と人との交流ですから、本屋としての面も大事にしつつ、これからも定期的に人が交流できる場をつくっていきたいと考えています。

猫の本棚(cat’s bookshelf tokyo)

東京都千代田区西神田2-2-6-102
https://nekohon.tokyo/