猫で注意すべき病気を知っておこう【4】糖尿病 後編

治療

糖尿病治療の目的は、血糖の正常化にともなう生活の質(QOL)の改善となります。

具体的には多飲多尿の消失、体重の増加、毛づやの良化などがあげられます。さらに、猫の糖尿病では血糖コントロールの良化にともない、インスリン分泌が正常化してインスリン注射が必要なくなる「寛解」となることがあり、これも治療のモチベーションとなります。

正常な猫の血糖値はおよそ70〜150mg/dLであり、糖尿病での目標治療範囲はおよそ60〜250mg/dLとなります。

経口血糖降下薬

猫の糖尿病は人の2型糖尿病に近似しているといわれています。これは「β細胞へのアミロイド蛋白の沈着によりインスリン分泌障害を引き起こすのが、人と猫のみであること」「肉食動物である猫はインスリンの効きが悪いこと」などが理由となっています。

人の2型糖尿病では体重制限、食事制限とともに多様な血糖降下薬を使用します。猫でも血糖低下を期待してこの血糖降下薬(よく使用されるのはスルホニル尿素[SU]薬)を使用することがあります。しかし、この薬はβ細胞からインスリンを分泌促進させる作用のみで、合成を促進する作用はありません。このため、この治療を漫然と継続するとβ細胞は分泌するインスリンが底をついて血糖低下がみられなくなり、ついには細胞自体を破壊してしまいます。

人の2型糖尿病では早期のインスリン投与が推奨されていますが、猫においてもインスリン投与を早期に開始することが勧められます。

食事とインスリン

インスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンです。しかし、インスリンの最も大きな役割は血液内のブドウ糖を組織内に運び込むことで、血糖値の低下はあくまでその結果となります。実際に健康体でのインスリン分泌は、空腹時には血糖を維持するだけのわずかな量(これを基礎分泌といいます)ですが、摂食時には消化吸収により血糖が上昇しないように分泌が増加(これを追加分泌といいます)します。

このことから、糖尿病において投与するインスリンは、食事の摂り方と食事量に見合った種類と量にしなければなりません。そして、与える食事は体重に見合ったカロリーから算出された量となります。

食事量の計算

食事量は体重から求められる必要カロリー(安静時必要カロリー:RER)を元に算出します。

■設定体重:健康時の体重あるいは現在の体重から理想的な体重を設定します。

■安静時必要カロリー(RER):= 70×(設定体重)0.75
(設定体重) 0.75=(設定体重)を3乗して平方根(√)を2回行うと求められます。

例:設定体重3.5kgの場合は電卓で以下を順番に入力してください
…3.5×3.5×3.5=√√×70= 179.122(約179キロカロリー/日)

■給餌カロリー(維持エネルギー必要量:MER)=RER×R
 R=0.8〜1.4
 Rは定数で、これを体型、運動量に応じて決めますが、猫の場合にはほとんど1.0、つまりRER=MERでよいでしょう

■食事内容
糖尿病用の療法食の給与が、病態や血糖コントロールの面からも推奨されています。
しかし、膵炎や腎不全などの合併症・併発症が存在する場合には、そちらにも配慮する必要があるため、獣医師に相談してください。また、猫は偏食傾向が強いので、選んだ食事を食べてくれないことがあります。その場合には今まで食べていた食事を継続するのもひとつの方法になりますが、合併症や併発症への配慮はやはり必要となります。食事内容が決まれば、1日2回食として1回量を給餌カロリーの半分与えるようにします。

インスリン製剤

インスリン製剤にはたくさんの種類があります。
これらを大別すると、①(超)速効型、②中間型、③持効型の3つに分けられます。

インスリンの選択は食事の摂り方が大きく関係します。つまり与えた食事を「一気食い」するか「ダラダラ食い」するかで変わってきます。

「一気食い」では消化吸収がピークを示すようになり、血糖値も同様のピークを示すようになります。これに対して「ダラダラ食い」では比較的一定した消化吸収を示しますので、血糖値もピークのない推移を示します。

以上から、インスリン製剤も「一気食い」ではピークのある①(超)速効型あるいは②中間型、「ダラダラ食い」ではピークの(ほとんど)ない③持効型を選択することになります。

猫は「ダラダラ食い」が多いため、通常は③持効型のインスリン製剤を選択します。

持効型インスリン製剤には「プロジンク」「ランタス」「レベミル」「トレシーバ」の4種類があります。プロジンクは動物用として認可されたもので、ほか3種類は人用のインスリン製剤です。筆者は「トレシーバ」を第1選択として使用しています。
インスリンの投与開始量はおよそ1.0〜2.0単位ですが、病態などにより変化しますので、獣医師と相談してください。

インスリン専用注射器

インスリンは非常に微量で効果を発揮しますので、注射器は必ず専用のものを使用します。中でもプロジンクはほかのインスリンと濃度が違いますので、原則的に専用の注射器を用います。インスリン製剤を吸引する際には、内筒を何度か入れ出しし、泡を排出するようにして目的量を吸い取るようにします。泡が入ってしまうとインスリンの効果が減弱しますので、この作業は大切です。

専用の注射器のほかにペン型の注入器もあります。これにはカートリッジ式と使い捨てのプレフィルド型があります。カートリッジ式は0.5単位ずつの調整ができるものがあるのに対し、プレフィルド型は1.0単位ずつの調整となりますので、カートリッジ式の方を推奨します。ペン型は必要な投与量をダイヤルで合わせて注射するため、注射器より簡単そうに思えるかもしれませんが、「空打ち」や「投与してから10数える」などのルールがあり、習熟を必要とします。

注射部位と注射の方法

注射部位は頚部〜肩甲骨後部の背骨の直上からその左右。あるいは腰部の背骨の左右となります。ただし、頚部と腰部では効果に差が出る可能性がありますので、どちらかに限定するようにしてください。また、ずっと同じ箇所に注射していると、その部分の皮下組織が硬結してしまい、その部位に注射しても効かなくなってしまうので、少しずつずらして注射する必要があります。

インスリンの吸引~注射の方法は、慣れるまでに一定の時間がかかりますが、必ずできるようになります。不安なことがあれば自己解決せずに、獣医師に相談してください。また、筆者の病院のホームページに講座動画として、これらの方法を掲載していますので、ぜひ参考にしてください。

■アルマ動物病院の糖尿病講座動画
https://alma-ah.com/movie/#diabetes

血糖コントロール

食事の内容と量、インスリン製剤が決まったら、1日2回の食事の給与を行い、その後にインスリンを皮下注射します。「一気食い」であればその後に、「ダラダラ食い」ならばおよそ半分食べたところでインスリンを投与するようにし、食べ方や食べ終わり時刻を記録します。

血糖値は採血して測定する方法が一般的で、インスリン投与後1〜2時間ごとの血糖値を測定し、その推移を観察する血糖曲線を作成します。これを繰り返し、インスリンの種類とその投与量を調整しながら、最良の血糖曲線を求めていきます。しかし、この作業は動物病院内に6〜8時間ほど滞在する必要があり、頻回の採血をしなければならないことから、ストレスが血糖値に影響を与え、血糖曲線の信頼性を低下させる可能性があります。

その他としては、排尿ごとの尿糖を測定することで、血糖の推移を推測する方法があります。これはご自宅でできるため、ストレスの影響は受けないのですが、実際の血糖値を測定する方法と比べて鋭敏さに欠けます。

ここ数年、これらの方法に代わって、人用に開発された連続血糖測定器「FreeStyleリブレ(アボットジャパン:以下リブレ)」を犬や猫に応用して血糖の推移を観察することが増え、特に血糖曲線の作成には欠かせないツールとなっています。

リブレ

リブレはセンサーとリーダーに分かれています(図1)。

センサーは剃毛した皮膚に直接装着します(図2)。直径は35ミリで装着面の中央には長さ6ミリの軟性針があり、これを皮下に刺入します。そして、センサーにリーダーをかざすことで血糖値(正確には間質液のグルコース濃度)を40〜500mg/dLの範囲で測定することができます。現在では、スマートフォンに専用のアプリケーションをダウンロードすれば、リーダーとして使えるようなっています。なお、センサーは最長14日間使用できます。

このリブレを使用することで採血の必要がなくなり、入院することもなく、ご自宅で血糖推移を観察できます(図3)。自宅ですから、ストレスの影響がなく、信頼性の高い血糖曲線を得ることができます。さらには、夜間の血糖推移を知ることができ、より精細な治療の調整を行えるようになっています。

図1:連続血糖測定器「FreeStyleリブレ」
センサー:直径35mmでアプリケータにより軟性の針を皮下に刺入する
リーダー:専用器機、あるいはスマートフォンにアプリをダウンロードしても使用可能
24時間の血糖推移(血糖曲線)を観察できる

図2:剃毛した皮膚にセンサーを直接装着する

図3:血糖曲線

血糖コントロールマーカーによる管理

良好な血糖曲線が得られたら、日常の治療として実践します。そして、治療が良好に維持されているかを、定期的に確認していくことになります。しかし、毎日頻回に採血して血糖値を測定するのは容易ではありません。また、リブレによる観察は正確かつ容易ではありますが、センサーを最長でも2週間ごとに交換する必要があるため、コスト面からも限りがあります。

これらに代わるのが長期血糖コントロールマーカーであり、血糖曲線の維持・管理を行ううえで必要不可欠なアイテムです。人では糖化ヘモグロビン(HbA1c)が一般的に測定され、過去1~2か月の平均血糖値を反映するといわれています。これに対して犬や猫では、HbA1cよりももっと短い1~3週間の平均血糖値を反映するフルクトサミン(FRA)、糖化アルブミン(GA)が一般的に測定されています。糖尿病の猫における目標値は、FRAで300〜400μmol/L、GAで20〜25%が適当とされています。

そして、血糖曲線から得られた最低血糖値となる時間帯に採血を行い、血糖値とともにこれらのコントロールマーカーを測定することで、在宅治療における血糖コントロールの評価を行うことができます。もし、それぞれの測定値に変化が認められ、その原因がハッキリとしなければ、再度血糖曲線を作成します。筆者は、可能であれば連続血糖測定器(リブレ)を使用して、再検証を行うようにしています。

まとめ

猫の糖尿病はほかの病気とは異なり、日々の治療を飼い主さんが行わなければなりません。その不安は大きなものでしょう。わからないことは何でも獣医師と聞くようにし、自己流の治療にならないようにしてください。そのためにも、かかりつけの獣医師と円滑な関係を築きましょう。

【執筆者】
長谷川 承(はせがわ・しのぐ)
獣医師、アルマ動物病院(東京都、https://alma-ah.com/hospital/greeting/  )院長。日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)大学院博士課程を修了後、東京都内の動物病院勤務、東京女子医大糖尿病センターでの研修などを経て、2002年にアルマ動物病院を開院。2010年、付属ハイドロセラピー施設“Club Alma”を開設。2015年、CCRP(テネシー大学公式認定リハビリテーションライセンス)を取得。大学院時代からライフワークとして糖尿病の研究・診療に取り組む。院内に糖尿病・内分泌センターを設置し、日々多くの動物の診療にあたっている。東京都獣医師会、日本糖尿病学会、動物臨床医学会、日本獣医再生医療学会、日本ペット栄養学会に所属。