愛玩動物看護師とは?【第5回】猫と犬でこんなにちがう入院管理

この記事を読んでいる方にも、愛犬や愛猫を動物病院に入院させた経験がある飼い主さんがいるかもしれません。

動物に病気や怪我があったり、手術後であったり、自宅での治療が難しかったりする場合は、動物病院への入院が必要になります。人間の入院と似ていますね。

動物の入院が人間と決定的に違うのは、「話せないペットが1頭で入院する」ことです。「苦しい・痛い」を言葉で伝えられないまま入院を余儀なくされるのは、人間では珍しい状況です。小児科の入院が一番近い状況かもしれませんが、親が付き添うことの多い小児科と違い、動物病院で飼い主さんが付き添って入院することは基本的にありません。動物たちは住みなれた家から離れて単独で入院生活を送ることとなります。

写真:動物が入院するときに飼い主さんに記入してもらう問診票(動物病院によって様式は異なる)

動物は飼い主さんから離れることで、普段と異なる行動をしたり、環境の違いや治療・処置によるストレスを感じやすくなったりします。私たち愛玩動物看護師は、可能な限り動物の入院中のストレスを減らすことでいちはやく元の生活が送れるように支援しています。

一概に「ストレスを減らす」と言っても、犬と猫では入院中の注意点や入院環境に大きな違いがあります。今回は、犬と猫の入院管理の違いをご紹介します。

犬や猫が入院するとき

私の勤める動物病院では通常時、同時に5~6頭の入院看護をしています。

入院理由は先述の通り、病気や怪我により自宅の治療では追いつかないケースや、手術後に安静が必要なケースなどがあります。また、自宅での治療が可能な病状ではあっても、飼い主さんが自宅を不在にするなどの事情により、動物病院で管理するというケースもあります。動物の入院は、人と動物がともに暮らしていくなかで多くの方が経験する課題です。飼い主さんだけで解決できないときは動物病院を頼ってほしいと思います。

ほとんどの動物たちはステンレス製のケージで入院生活を送ります。このケージは消毒・看視がしやすく、動物の怪我につながる凹凸が少ないなどの工夫がされています。

写真:動物たちが入院生活で利用するケージ(上、下)

このケージのほかにも、保温機能が備わったケージや、重症患者が入るICU(集中治療室)、酸素吸入が必要な動物用に酸素濃度を調節できる部屋、感染症などにかかった動物用の隔離部屋などがある動物病院もあります。これらのケージ・部屋を使うことで、動物たちは互いに接触することなく治療を受けられるのです。

写真:点滴治療をおこなっている犬

写真:大型犬の入院ケージは、猫舎から離してスペースを確保している

入院の際には、ケージや部屋の位置を犬と猫で分けるのが基本です。猫は特に音や匂いに敏感なため、自宅では温厚であっても、ちょっとしたことで警戒心が強くなりかねないからです。

そもそも、犬と猫って何が違うの?

犬と猫では種の特性が全く異なります。犬は約1万5000~3万年前に家畜化されて以来、人と共存してきました。また、仲間と群れで行動し狩りをする、協調性が高い動物でもあります。一方で、猫は単独行動を好む習性があり、群れることを好みません。このために「自分の身は自分で守る」特性が備わり、警戒心が強いのだと言われています。この警戒心のせいで、慣れない環境への適応には時間を要します。そのため、病気になり体調がすぐれないときに慣れない動物病院へ入院するのは、猫にとってかなりのストレスになります。

また、犬と猫では体の作りからしても大きな差があります。例えば、犬は進化の過程で鎖骨が退化しましたが、猫には鎖骨が残りました。この違いは大きく、猫は鎖骨があることで犬よりも前足を柔軟に動かすことができます。犬は犬歯での噛みつきが唯一の武器ですが、猫は噛みつきの他に前足を器用に使った攻撃(通称「猫パンチ」)もできます。猫は鎖骨がある関係で木登りを得意とし、尖った爪を器用にフックのように引っ掛け木に抱きつくことができます。犬の爪が鋭く尖っていないのは、狩りをする上で地面をしっかり蹴りながら前に早く走ることができるスパイクの役割を果たしているからです。

性格や習性、骨格の違いなどを踏まえたうえで、入院の際の犬と猫の対応の差を見ていきましょう。

猫は小さな犬ではない

犬は人に慣れている子が多く、しつけもしやすく、噛んだり、怯える子は猫に比べると比較的少ないため、病気の管理をしやすい傾向にあります。

猫は警戒心が強く、動物病院では診察の段階ですでに周囲を警戒し、まわりを受け入れられず攻撃的になることがあります。

この特性から、入院した猫にはできる限り静かに過ごせる場所を用意し、むやみに大きな物音や足音を立てないように注意をはらいます。特に犬の鳴き声は、慣れていない猫にとっては脅威を感じる要因です。できる限り周囲の環境を変えず、外的ストレスを減らすことが、猫の入院のポイントです。

また、猫は体の構造上、犬に比べて器用で俊敏です。さらには鋭い爪もあるため、猫や人が怪我をしないよう細心の注意をはらわなければなりません。入院ケージから診察室へと移動する際も、怯えるあまり突然飛び出してしまわないよう、基本的には洗濯ネットに入れたり、猫用キャリーケースに収容したりします。

写真:落ち着いて移動できるように洗濯ネットに入れられた猫

ストレスによるトラブル

犬・猫問わず、入院中のストレスは治療の妨げになりかねません。猫の入院中のトラブルには、慣れない場所のストレスから排泄できず、尿を溜めてしまうことで膀胱炎などに陥ることがあります。可能な限り自宅でのトイレに近づけるため。事前に飼い主さんにどのように排泄しているか様子を伺っておくこともあります。

環境やスタッフへの警戒心によって、お腹は空いているのにフードを食べてくれない子もいます。そうなるとうまく栄養が取り込めず回復が遅くなったり、他の病気へ発展したりする可能性があります。そうならないように、動物病院では、いろいろな種類のフードを与えたり、カリカリのまま与えたり、ふやかしてみたり、どうにかして食べてくれるように努力します。

体調が落ち着き、獣医師に許可された場合は、猫は猫舎のキャットタワーで運動や気分転換をしてもらうこともあります。犬の場合は外へお散歩に行くこともあります。適度な運動が病気の回復に役立つのは、人間も動物も同じですね。

写真:猫舎のキャットタワーで運動中

動物と暮らしていない人からすると「犬と猫の入院なんて一緒」と思われるかもしれません。しかし、私たち愛玩動物看護師は猫を「小さな犬」ではなく「猫」として捉え、猫という特性を理解した上で可能な限りストレスを与えない工夫を行い、それぞれの特性に合わせた入院環境を用意しています。これは全て、早期回復を促し、早く飼い主さんの元へ帰れるようにすることが愛玩動物看護師を含め動物病院の責務だと考えているからです。

【執筆】
旭 あすか(あさひ・あすか)
1988年生まれ。IPC国際ペットカルチャー総合学院を2011年に卒業後、りんごの樹動物病院(愛知県安城市)にて動物看護師として勤務。2017年動物看護師長に就任。院内の働き方や動物看護師の業務の改善を進める。2023年に愛玩動物看護師免許を取得。その他、世界基準の心肺蘇生~獣医蘇生再評価運動(RECOVER)を2018年に修了。院内業務にとどまらず、おもに臨床病理学(糞便検査、尿検査、血液塗沫など)分野の愛玩動物看護師向けセミナーで講師を務めている。自身のインスタグラムでは「愛玩動物看護師のリアル」を発信し、知識・技術ならびに社会的認知度の向上のために尽力している。
Instagram:asahi_asuka_vnca