愛玩動物看護師とは?【第3回】愛玩動物看護師に必須の「保定」業務

私はふだん動物病院で愛玩動物看護師として働いています。

愛玩動物看護師の仕事内容については過去の記事( 第1回第2回 )でも軽くふれていますが、愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、その役割は幅広くなっています。国家資格化の前から行っていた動物の診療補助業務や、入院動物などの看護だけでなく、新たに採血や点滴の針を刺す処置の実施や、より専門性の高い栄養指導などが主な仕事に加わったのです。人医の看護師さんの仕事内容に近づいたイメージですね。

しかし、愛玩動物看護師には人医の看護師さんと大きく違う点があります。それは診療の相手が、犬、猫、ウサギなど言葉が通じない動物たちであるという点です。人間の患者さんは、多くの場合「動かないでください」と指示すれば動かないでいてくれますし、「上を向いてください」「口を開けてください」と指示すればその通りにしてくれます。しかし、動物ではそうはいきません。

そもそも動物たちは、自分の意思で病院に来ているわけではありません。飼い主さんには、ペットの健康管理や、病気になったときに適切な対応をする責任があります。病気や怪我でペットが苦しい思いをするのは可哀想だとも感じます。なので、飼い主さんが治療のために、動物病院に動物を連れてくるのです。

自らの意思とは関係なく病院に連れてこられた動物たちですから、おとなしく診察させてくれる子ばかりではありません。そこで、獣医師が安全に速やかに検査や処置などを進められるように、私たち愛玩動物看護師が補助する必要があるのです。

今回はそんな診察の補助の中でも、飼い主さんがよく見かける「保定」のお話をします。

動物病院でもっとも出番の多い業務「保定」

専門学校や動物看護系大学を卒業し、晴れて愛玩動物看護師として動物病院で働くことになった新入社員が「いちばん初めに覚えて!」と言われることのひとつに、動物の「保定」という業務があります。

保定とは、動物を不動化(動かないように)して、検査や処置などの診察を安全に行えるようにすることを言います。例えば、予防注射を接種するのに動物が自由に動いていては、安全に処置することが難しくなります。そんなときには動物が動かないようにすることで、安全かつ速やかに処置を施すことができます。ただし、動物には「じっとしていてね」という言葉が通じないため、保定を行うのです。

いろんな「保定」いろんな「技術」

保定は、ただ動物を持つだけではありません。愛玩動物看護師のもつ保定の技術力が、診察に大きく影響します。ベテランの保定と新人の保定では、同じ検査や処置をする上でも違いが出てくるのです。

保定では、動物を不動化するだけではなく、動物への負担が最小限になるように努めなくてはなりません。動物病院を怖がって暴れてしまう動物を力づくで押さえつけては、身体に影響が出てしまうかもしれませんし、動物および保定者の怪我につながる可能性もあります。動物の体の構造や動物種の習性を理解して、安全かつ適切に動物を不動化するのが、保定の技術力なのです。

保定技術が発揮される採血

愛玩動物看護師の保定の技術力が発揮される場面のひとつに、採血や、血管に管を入れて点滴や投薬を行う処置(静脈内カテーテル留置)があります。

人に対する採血は一般的に、腕を前に差し出して肘置き台の上で行われます。そして採血のために、血管を浮き上がらせる(駆血)ためのゴムチューブ(駆血帯)も使用します。

動物では勝手が違います。犬や猫は、腕を差し出したり、採血が終わるのを動かずに待ったりすることはできません。採血は針を動物に刺す行為なので、採血中に動物が動くと、針が抜けてしまって必要な血液量を採取できなくなり、ふたたび針を刺さなければならなくなります。そこで、動物の採血を行うときは、保定する必要があるのです。保定者が足や手を駆血し、採血者が採血をするという点では、動物を採血する様子は小児科での診療風景に似ているところがあります。

犬では主に後ろ足、前足、首の静脈から採血します。猫では内股、前足、首の静脈から採血することがほとんどです。動物を不動化すると同時に駆血し、その間に採血を済ませます。すんなり実施しているようで、実は経験や知識を必要とする作業です。

写真:後ろ足からの採血時の保定。不動化と駆血を同時に行っている

写真:頸静脈からの採血時の保定。気道を圧迫しないように犬の頭を不動化する必要がある

保定の際に飼い主さんの付き添いが必要かどうかは、動物によって異なってきます。例えば、飼い主さんがそばにいると気が大きくなり余計に処置を拒絶する犬や猫もいますし、逆に飼い主さんがいたほうが落ち着く犬や猫もいます。個人的な感覚では、前者が多いように感じています。個体ごとに行動を見ながら、どう対応するかを判断しています。

猫の保定の注意点

猫は体が非常に柔らかく、小さい体でありながら力が強いため、保定者の腕をすり抜けないようにしっかりと不動化する必要があります。保定に時間がかかってしまうと猫のご機嫌もどんどん損なわれ、最初はおとなしかったにもかかわらず徐々に嫌がるようになり、最終的に採血ができなくなってしまうケースもあります。そんなときは、その猫が触られて気持ち良く感じるポイントを撫でながら保定をしたり、場合によっては2人で保定を行ったりします。

猫を極力刺激しないように、保定者も施術者も最大限に注意をはらいます。猫の怪我を防ぐのはもちろんのこと、人獣共通感染症へ感染しないために、人の怪我も防がなければなりません。猫から人へ感染する主な人獣共通感染症のひとつに、噛まれたり、ひっかかれたりすることで発症するバルトネラ症(猫ひっかき病)などがあります。動物病院で働く者は、自分たちの安全確保にも努めなくてはならないのです。

写真:猫の保定。脱走防止のため、洗濯ネットに入れることもある

また、動物病院を受診する猫は、飼い猫とは限りません。避妊手術や去勢手術を行うためや、道で怪我をしていたなどの理由で保護された野良猫の可能性もあります。あるいは、拾われたばかりの子猫の場合もあります。このように人に慣れていない猫を保定する場合は、特に注意が必要です。

犬の保定の注意点

動物病院を受診する動物の多くは犬であり、多種多様な犬種がいます。そして犬種ごとに体格や性格に差があります。そのため保定の仕方にも、犬種の特性に合わせた工夫が必要となります。

例えば、日本での登録頭数が多い犬種であるプードル種(ジャパンケネルクラブより)は、社交性に優れしつけがしやすい特徴があると言われています。動物病院でも協力的な側面がありますが、四肢が細いため、保定するときには足に負担がかからないように特に配慮する必要があります。一方で、家庭では飼い主への忠誠心が強く賢いイメージがある柴犬は、動物病院では警戒心の強さや、触れられることや音に繊細な性質をおおいに発揮します。体に触るだけで鳴いてしまう子もいるため、保定の際もむやみに触らず、ストレスを必要最小限に抑えるよう配慮します。

ただし同じ柴犬でも、とても人懐っこく保定がなくてもへっちゃらの子もいるので、大変なときばかりではありません。犬種の特性について配慮しつつも、個体ごとの性格を見極める必要があるのです。

動物の状態に注意をはらいながら保定する

下の写真は、肺の周りに水が溜まった状態(胸水貯留)で来院した猫です。胸水が溜まると肺が圧迫され、呼吸が苦しくなります。このように緊急を要する場面や、動物の状態が悪いときには、ただちに治療をしなければなりません。そして、治療には保定が必要となってきます。

写真:胸水が溜まった猫の保定。呼吸状態を確認しながら保定する

獣医師が超音波検査(エコー検査)で胸水貯留の程度を確認する際には、動物を下から支えてエコーを当てやすくする必要があります。しかし、胸を押さえつけるとさらに息が苦しくなってしまうため、胸を圧迫しないように注意します。検査を進める際は、呼吸状態も常にチェックします。

また胸水貯留では、針を刺して胸水を抜く処置が必要となります。胸に針を刺すため、処置のあいだに動物が動いてしまうと大変危険です。さらには、胸水を抜くときには体調が急変しやすいので、保定者は動物のバイタルのチェックと不動化を同時に行う必要があります。

このように、保定しながらも動物の状態に細心の注意をはらう必要があるのです。

動物病院で行われている「保定」が、たんに動物を持って支えるだけの業務ではないことが、お分かりいただけたでしょうか。

ここでご紹介したのは、保定業務のほんの一部です。私たち愛玩動物看護師はいろいろな場面において、動物が受けるストレスを最小限にし、可能な限り苦しくないような保定法を心がけています。動物病院へ行く機会があれば、ぜひ愛玩動物看護師の保定技術にも注目してみてくださいね。

【執筆】
旭 あすか(あさひ・あすか)
1988年生まれ。IPC国際ペットカルチャー総合学院を2011年に卒業後、りんごの樹動物病院(愛知県安城市)にて動物看護師として勤務。2017年動物看護師長に就任。院内の働き方や動物看護師の業務の改善を進める。2023年に愛玩動物看護師免許を取得。その他、世界基準の心肺蘇生~獣医蘇生再評価運動(RECOVER)を2018年に修了。院内業務にとどまらず、おもに臨床病理学(糞便検査、尿検査、血液塗沫など)分野の愛玩動物看護師向けセミナーで講師を務めている。自身のインスタグラムでは「愛玩動物看護師のリアル」を発信し、知識・技術ならびに社会的認知度の向上のために尽力している。
Instagram:asahi_asuka_vnca