キラキラと光をはじく瞳の、底の知れない黒目の奥底。そこに宿った猫の感情は、嘘か真か、表裏一体となった愛憎か。
不思議な魅力をもつ猫たちは、その庇護欲をかき立てる愛くるしさから、恋人や我が子のように大切にされてきました。しかし古い物語に登場する猫たちは、ときに人を惑わせ、狂わせ、仇を成します。
現実の猫は決して人を裏切らず、人ばかりが猫を裏切ります。猫は人に怒られ、捨てられ、傷つけられます。言い伝えの猫が不思議な力を身につけるのは、人に裏切られた恨みからかもしれません。
気比神社には猫にまつわる伝承が2つ伝わっています。ひとつは公的記録にも残されている「猫又伝説」(参照:第6回、第7回)、もうひとつは絵馬に残された「猫の祟り」の伝承です。
今回は「猫の祟り」の伝承として、猫の起こした不思議な話を紹介します。
猫の祟り
気比神社には「猫又伝説」のほかにも、猫にまつわる伝承があります。詳しい時代は言い伝えられていません。現在の中ノ俣地区多目的研修センター(新潟県上越市中ノ俣529)の付近に住んでいた老夫婦に起こった出来事とのことです。
ある日、意地悪な老爺が猫に悪さをした。その後に、老婆の様子がどうもおかしくなる。
うわ言のように「梁に猫が、梁に猫が歩いている……」とつぶやくようになったが、梁に猫など歩いている様子を見た者はいない。次第に「これは猫の祟りだ、憑りつかれたのだ」と村人から言われるようになった。
そこで老夫婦は祟りを解くために、化け猫退治の様子を描いた絵馬を気比神社に奉納して一心に祈祷をした。すると、老婆のうわ言はなくなったという。
猫を痛めつける行為は身を滅ぼすのだ。
このときに奉納された絵馬は、今でも気比神社に保存されています。絵馬には「奉納 同邑佐右衛門 嘉永五年(1852年)在壬子 九月吉日」と書かれています。
このように、山深い地域ほど伝承が色濃く残っています。中ノ俣に至るまでの道はとても険しいのですが、住民の方は地域を活性化させようという熱意にあふれています。
中ノ俣でしか聞くことのできない伝承もあるため、足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
気比神社
新潟県上越市中ノ俣223
[参考文献]
・伊丹末雄著『猫又絶治実記』, 1997年(編集・製本:田嶋力)
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、ツイッターなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
X(旧Twitter):@Jpn_Cat_Lab
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