「心肺蘇生法」という言葉を耳にしたことのある方は多いのではないでしょうか。普通自動車免許の教習などで、人形を使用した練習を経験された方もいるでしょう。
救命措置に必要不可欠な心肺蘇生法は、獣医療の現場にも存在します。ドラマなどで描かれる通り、1人では難しく、医療チーム全体の動きが重要となる処置です。もちろん、愛玩動物看護師もチームの一員として重要な役割を果たします。今回は、おもに犬や猫に施す「チームでの心肺蘇生法」のお話をします。
そもそも「心肺蘇生法」ってなに?
心肺蘇生法とは、呼吸が止まったり、心臓が正常に動いていないと判断したときに施す救命措置です。
呼吸や心臓の動きが止まると血流が無くなり、大事な臓器に酸素が行きわたらなくなります。そして、酸素の行きわたらない臓器が重篤な障害を起こし、数分から数十分で死に至ってしまうのです。
1秒でも早く心肺蘇生法をすることが、このような状況における救命の可能性を高めます。処置が適切でなければ救命が困難となるため、正しい知識や技術を学ぶための訓練や講習は欠かせません。
心肺蘇生法においては、心臓マッサージ(胸部圧迫)と人工呼吸が極めて重要となります。
心臓マッサージ
心臓マッサージは、体の外から心臓に対して、圧迫と解除を絶え間なく続けることで、心臓の代わりに血液を体へ送る処置です。
人相手の心臓マッサージでは、仰向けになった人の肋骨あたりを両手で押します。しかし、犬や猫は(特定の犬種を除いて)胸に奥行きがあるため、横向きで心臓マッサージをします。
犬の場合は、チワワなどの小型犬からゴールデン・レトリーバーのような大型犬まで骨格に差があるため、それぞれ心臓マッサージの方法を使い分ける必要があります。
中型犬から大型犬では、両手でしっかり圧迫することで効率の良い心臓マッサージができます。しかし、胸が柔らかい猫や小型犬は、両手で力強く圧迫すると胸が潰れてしまいます。
人工呼吸
動物病院では、肺に空気を送るための気管にチューブを挿入して、人工的に酸素を肺に送りこむ「気管挿管」で人工呼吸ができます。心肺蘇生法において、気管挿管は救命率を上げる重要な処置です。
動物病院ではなく、自宅や公園などで犬の呼吸が止まってしまったときは、気管挿管はできません。その場合は、飼い主さんが動物の鼻と口に息を送り込むことで人工呼吸をする必要があります。
その他の処置(薬剤の投与・AED)
人工呼吸や心臓マッサージ以外にも、獣医師や愛玩動物看護師が専門知識や技術に基づいて行う処置があります。たとえば、心臓を再び動かすための薬剤を投与する場合もあります。心臓が極端に興奮もしくは痙攣していて全身に血液をうまく送れないときなどは、AEDを使ったカウンターショック(除細動)が必要となることもあります。
救命措置における愛玩動物看護師
愛玩動物看護師が行うこと
救命措置における愛玩動物看護師の動きについてご紹介します。
まず、動物が心肺停止に陥ったときには、ただちに心臓マッサージと人工呼吸を開始します。心肺蘇生法の手順に沿って、まずは絶え間なく2分間、質の良い胸部圧迫をします。心臓の真上を適度な深さで押したあと、押したままにならないよう解除します。これを1分間に100〜120回のペースで、2分間続けます。マッサージの位置がずれていたり、力が強すぎたり、弱すぎたりしてはいけません。同時に、他のメンバーが6秒に1回のペースで人工呼吸を続けます。
この間に、獣医師などが薬剤の投与をします。これらの措置の間には、チーム内で声を掛け、指示出しや、心臓マッサージの質の指摘をします。
心臓マッサージや人工呼吸をしていないメンバーは、タイムキーパーをしたり、心電図を装着したりします。タイムキーパーは、心臓マッサージや薬剤投与のタイミングなどの指示や記録をします。
心臓マッサージを2分間続けたのちに、正常に心拍が再開したかどうかを確認します。再開していない場合は、動物の心臓が再び動き出すか、救命措置を終了するまで同じことを続けます。
このように、救命措置ではわずかな時間でたくさんの処置を並行するため、チームで取り組む必要があります。また、普段から心肺蘇生法を勉強していないと、とっさに処置ができません。
かつては私も、すべきことがわからず、指示通りに動くこともできず、緊張のあまり焦って薬剤の瓶を落としてしまったり、手も震えて何もできなかったりという時期がありました。
しかし愛玩動物看護師は、冷静に行動することが求められています。質の高い救命措置をするためには、正しい知識の習得と、日頃の訓練、チームでのコミュニケーションが必要不可欠なのです。
愛玩動物看護師にできること
現在の愛玩動物看護師法では、愛玩動物看護師があらかじめ決められた手順に沿って心肺蘇生法をすることが許可されています。つまり、愛玩動物看護師も獣医師と同じように高度な蘇生処置をすることが国から認められています。
獣医師と愛玩動物看護師が協力して心肺蘇生法を施す場合のほとんどでは、愛玩動物看護師が心臓マッサージをしている間に、獣医師が気管挿管をしたり、薬剤投与のための静脈カテーテルの留置をしたりします。しかし、獣医師が不在のときや、手術などで手が離せない場合には、これらすべてを愛玩動物看護師が処置するのです。そのため、愛玩動物看護師も獣医師と一緒に訓練する必要があります。
愛玩動物看護師が活躍する時代
2024年3月に、日本獣医救急集中治療学会(JaVECCS)国際シンポジウムが開催され、私も参加してきました。
シンポジウムには獣医師のほかにも、多くの愛玩動物看護師が救急医療を学ぶために集まり、交流を深めていました。
たくさんの愛玩動物看護師が、国家資格を習得しただけで終わらせず、更なる技術向上に向けてシンポジウムに参加していることを嬉しく感じました。動物の命の瀬戸際において、落ち着いて行動できる愛玩動物看護師が活躍する時代に来ているのだと、心が躍りました。
【執筆】
旭 あすか(あさひ・あすか)
1988年生まれ。IPC国際ペットカルチャー総合学院を2011年に卒業後、りんごの樹動物病院(愛知県安城市)にて動物看護師として勤務。2017年動物看護師長に就任。院内の働き方や動物看護師の業務の改善を進める。2023年に愛玩動物看護師免許を取得。その他、世界基準の心肺蘇生~獣医蘇生再評価運動(RECOVER)を2018年に修了。院内業務にとどまらず、おもに臨床病理学(糞便検査、尿検査、血液塗沫など)分野の愛玩動物看護師向けセミナーで講師を務めている。自身のインスタグラムでは「愛玩動物看護師のリアル」を発信し、知識・技術ならびに社会的認知度の向上のために尽力している。
Instagram:asahi_asuka_vnca
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