パンダも粉ミルクを飲む!? 森乳サンワールドがつくる「パンダミルク」の開発秘話

犬・猫を中心としたペットフードの製造・販売をしている森乳サンワールド。実は、世界初のパンダ専用の人工ミルクである「パンダミルク」を開発した会社でもあるのです! また、パンダミルクのほかにも動物園・水族館用のミルクも製造しているようで……?

森乳サンワールドさんに、パンダミルクの開発秘話や、動物園・水族館で使われている人工ミルクについて、詳しくお話しをお聞きしました!

写真:森乳サンワールドの田中さん

写真:取材時に使用した「パンダルーム」

開発には多くのハードルが! パンダミルク開発秘話

1987年、後に森乳サンワールドに出向することになる、開発担当者の高津(当時は森永乳業所属)が、上野動物園の獣医さんから相談を受けたことが、パンダミルク開発のきっかけです。

パンダは双子が生まれやすいのですが、お母さんパンダは、双子のうち一頭しか育てないことが多く、「育児放棄されたパンダのために人工ミルクが必要となるので、今後に備えて開発してほしい」というのが相談の内容でした。

そこで、パンダミルクの開発にあたっての協議が重ねられました。製造コストや配合成分など、ネックになる部分が多く、反対する声も少なくなかったようです。

なにしろ、中国の国宝とされるパンダに与えるミルクです。参考にできるデータが限られているうえ、動物の赤ちゃんはか弱い生きものですから、「万全を尽くしても万一のことがあるのでは……」という不安の声もありました。また、「多額の開発費がかかるのに、回収の見込みがない事業だ」という意見も聞かれましたが、パンダの生育に貢献するという意義の大きさから、支持する社員も多かったようです。

最終的には、高津の熱意もあってパンダミルクの開発が決定しました。そこから1988年までの1年間で、上野動物園と連携を取りながら開発を進めていくこととなりました。

開発にあたっても、大きなハードルがありました。

通常、粉ミルクは母乳の成分を参考にして開発されます。犬用の粉ミルクであれば犬の母乳、猫用の粉ミルクならば猫の母乳を参考にします。つまり、パンダミルクを作るためには、パンダのお母さんから取れた母乳の成分解析が必要となります。しかし、肝心のパンダの母乳が手に入りませんでした。上野動物園と協力して論文などを探しても、わずかなデータしか見つからなかったようです。

そこで開発チームは、類似する動物を参考にしました。パンダは漢字で「大熊猫」と書く通り、クマに近しい動物です。そのため、クマの母乳をお手本に作ったものが、パンダミルクの第1号となりました。参考にしたクマの種類は、アメリカグマ、グリズリー、エゾヒグマ、マレーグマ、ホッキョクグマなど多岐にわたります。開発当初は赤ちゃんパンダに与えるつもりだったのですが、上野動物園では、しばらく双子パンダが生まれなかったこともあり、成獣パンダに栄養補助としてミルクを与えていたようです。

その後、アドベンチャーワールドで2000年に生まれた良浜(らうひん)に、他の食べ物と混ぜて与えたのが、パンダの赤ちゃんにパンダミルクを与えた最初の事例となります。そして、2006年に生まれた明浜(めいひん)と愛浜(あいひん)が、パンダミルクだけを単独で与えた最初のパンダの赤ちゃんとなりました。

2021年には上野動物園で生まれたシャオシャオとレイレイがパンダミルクを飲んで大きく育っています。

写真:パンダミルクを飲む明浜と愛浜(アドベンチャーワールド提供)

動画:開発担当者の高津さんとアドベンチャーワールドの対談(アドベンチャーワールド公式YouTubeチャンネルより)

2004年から2007年にかけて計3回、中国の成都大熊猫繁育研究基地の協力でパンダの母乳を入手できました。日本大学の渡部敏教授(当時)が動物の母乳を取るための搾乳機を開発したことでサンプリングができたそうです。

パンダの母乳を解析したところ、想定の通りクマの母乳と成分が近かったものの、違いもありました。たとえば、クマは肉食なので、雑食のパンダよりもタンパク質が多く含まれるようでした。

解析結果をもとに細かな成分の違いを調整したほか、森永乳業で開発したラクトフェリンを機能性成分として入れるなどの改良を重ねました。そうして2010年にリニューアルされたのが、現在の「パンダミルク-10」です。

写真:2010年にリニューアルされた「パンダミルク-10」

開発当初から多くの課題を乗り越え、今では会社自慢の製品です。パンダミルクを作ってほしいと相談されたことや、貴重なパンダの母乳を提供いただけたことは、森乳サンワールドという会社の信用にもつながっていると思います。

営業社員からは、「パンダミルクで培った技術を元に、誇りをもって仕事ができている」という話を聞いています。

クマ、ゾウ、そして海獣のためのミルク

森乳サンワールドではパンダミルクのほかに、クマ、ゾウ、そして海獣用のミルクを製造しています。

写真:会社玄関にあるディスプレイ

ヒグマミルクは、パンダミルクの開発をきっかけとして開発され、2000年に発売されました。

写真:2000年に発売された「ヒグマミルク」

2014年にはゾウ専用の「エレファントミルク」を発売しました。

写真:2014年に発売された「森乳エレファントミルク」

エレファントミルクは一番の特徴として、グルコサミンを多く含んでいます。ゾウの母乳を分析したところ、グルコサミンが多いことが判明したので、配合しました。人工哺育したゾウは骨折してしまうことが多かったようなのですが、このグルコサミンが足りていなかったことが原因の可能性があります。

また、ゾウの赤ちゃんはたくさんのミルクを飲むので、ミルクを作るのが少しでも楽になるように「造粒」という加工を行い、溶けやすくなる工夫をしています。この造粒という加工方法は、ヒト用ミルクでも使用されています。

日本平動物園によると、1回に3.6リットル、1日に12.6リットルも飲んだ記録があるそうです。あまりにも大量なので、動物園・水族館用のミルクのうち、エレファントミルクだけは受注生産となっています。動物園から「いつ頃生まれる予定なので、準備してください」とご連絡をいただいてから製造しています。

エレファントミルクでご縁のあった市原ゾウの国の「ゆめ花」ちゃんが、「サンワールド」と書いてくれた色紙は、来社された方を受付で迎えてくれています。これは会社の自慢ですね。

写真:受付に飾られている色紙

海獣用ミルクは2018年に発売されました。海獣といってもイルカやアザラシなどさまざまな種類がいますが、それらに与えるためのベースとなる製品です。たとえば、この海獣ミルクに獣医さんがサーモンオイルなどを追加して、動物たちの生態に合わせてアレンジしたものが給与されています。

写真:2018年に発売された「海獣用ミルク M5」

海獣ミルクは脂肪分が多いのが特徴です。海の中で過ごす海獣は、皮下脂肪をつけることで体温を安定させます。その皮下脂肪をつけるために、もともとの母乳も脂肪分が多いので、それを参考にしています。

開発時は、イルカを飼育している水族館より母乳を提供いただいたほか、さまざまな論文の情報を参考にして開発しました。最近もサンプルの提供を受け、今後の改良に備えて分析を行いました。

もともとは、ペット用のミルクを水族館ごとにアレンジして海獣に与えていることも多かったようなのですが、獣医さんの口コミで海獣ミルクを使ってもらえる水族館が増えてきました。「ペット用のミルクをアレンジしなくても、最初から脂肪分が多めに調整されていて使いやすい」などと好評いただいています。

販売することに意義がある製品

直接の取引ではないので、全容を把握できてはいないのですが、北海道から沖縄まで日本中からお問い合わせをいただくので、全国各地の動物園・水族館でご使用いただいているようです。

テレビ画面に森乳サンワールドと書かれた商品パッケージや哺乳器が映ると、「ここでも使っていただいているんだ!」と嬉しくなりますね。他にも、動物園・水族館のブログやSNSで公開されている写真で知ることもあります。

最近では、湘南動物プロダクションのホワイトライオンの赤ちゃんの映像に、ミルクが映っていたことがありました。そこで、「どのように使っていただいていますか」と伺ってみたところ、「猫用と犬用のミルクを混ぜて使っている」などの秘話をお聞きできました。このような声も開発の参考にさせてもらっています。

正直なお話しをすると、使用対象がニッチで販売できる数も限られているため、利益が見込める製品ではありません。しかし、多くの動物園・水族館で愛用いただいている商品ですので、販売していることに大きな意義を感じています。

これからも、製品の改良や、ロット数や原材料など生産面での調整を重ねながら、長く販売を続けていきたいですね。

動物園・水族館に行く人にメッセージ

動物園・水族館によっては「バックヤードツアー」を開催しているので、ぜひ参加してほしいですね。動物の赤ちゃんや、特別な健康管理を必要としている動物などが、展示場の裏側でどのようなお世話をされているのかが見られて、とても貴重な経験になると思います。そして、もし森乳サンワールドの製品が使われているのを見つけたら、この記事のお話を思い出してもらえると嬉しいです。

田中智弘(たなか・ともひろ)
和歌山県出身。2007年森永乳業入社。工場勤務を経た後、シールド乳酸菌、大人向けの粉ミルク「ミルク生活」などの研究開発に携わる。幼少期にアドベンチャーワールドに通った体験から、パンダミルクを扱う、森永乳業のペットフード部門である森乳サンワールドに興味をもち、2020年に同社に出向、現在に至る。

株式会社森乳サンワールド

公式サイト:https://www.morinyu-pet.com/
Instagram:https://www.instagram.com/morinyu_pet/