縁の下の力持ち! 動物園の設備製造の舞台裏

「環境エンリッチメント」という言葉をご存知ですか? 動物のもともとの生息環境に基づいて飼育環境を改善することで、動物により健康に暮らしてもらうための工夫を指す言葉です。

動物たちは、その種類によって快適に暮らせる環境が異なります。
動物園の動物たちと来園者が、ともに安全に心地よく過ごすために、動物園にはどのような工夫がされているのでしょうか?

全国の動物園で設備の製作・施工を手掛けるテック大洋工業さんに、普段気にしない人が多いと思われる“設備”の製作秘話をお聞きしました!

写真:テック大洋工業の鳥潟佑樹さん

鳥も人も広々と過ごせるバードケージ

わが社は1980年代より30年以上にわたって、全国40施設ほどの動物園で、動物舎などの製作・施工に携わっています。日本動物園水族館協会に登録されている動物園が89施設(2023年11月時点)なので、その約半分で実績がある形です。

中でも、よこはま動物園ズーラシア(以下、ズーラシア)では、1999年の開園前から今までに、50件以上の実績があります。

1992年の「ウォークインバードケージ」が最初の製作事例です。来園者がケージに入ることで、生息地を模した環境でさまざまな鳥を観察できる園内最大のケージで、360平方メートルほどあります。

写真:広々としたウォークインバードケージ内

写真:ウォークインバードケージの入口は、鳥が逃げないように多重になっている

カーブしたパイプ3本とスチールパイプでできた構造材に、ワイヤーロープを張り巡らせたうえで、金網で全体を覆っています。また、全体の強度を保つための工夫として、地中にテンションバーを敷設しています。カーブしたパイプとテンションバーで、弦を張った弓のような構造体にすることで、強度を高めているのです。現場でのデータ測量と工場での仮組み立てを何度もして、このような複雑な構造の高品質のケージが実現できました。

このようにして、鳥たちも来園者も広々とした空間で快適に過ごすことができるケージが誕生しました。

写真:全体が金網で覆われている

ゾウの環境エンリッチメントを考えた 巨大な自動餌やり装置

もしかしたら実際に見て「あの黒い箱はなんだろう」と思った方もいるかもしれませんが、2022年にズーラシアで、インドゾウの「自動給餌装置」を製作しました。

写真:鼻を装置に入れて餌を取るインドゾウのシュリー(メス、29歳)

野生のゾウは、餌を得るために1日の多くの時間を使います。なので、飼育環境で決まった時間に給餌してしまうと、餌を探すことがないため、ゾウが暇をもてあましてしまうのです。精神的にも悪影響となりかねません。

何度もズーラシアさんにお伺いするなかで、飼育員さんから、このようなゾウの環境エンリッチメントにかかわる悩みを聞いて、改善策として製作をご提案しました。

この給餌装置は、給餌をタイマーでセットすることができるため、給餌時間をランダムにできます。また、餌の取り出し口にはさまざまな大きさの穴が開いているため、鼻で工夫して餌を取り出す必要があります。個体によって器用さが違うため、導入したばかりのときに、メスは綺麗に食べていたのですが、オスは試行錯誤しながら食べていたようです。

ゾウは1回に50キログラムの餌を食べるのですが、この装置には5回分の餌を設置できるため、導入により飼育員さんがゾウの餌を運ぶ手間を省くこともできました。

この装置は「独立電源式」で、装置天面にあるソーラーパネルで電気を賄っています。少ない電力でも動くような工夫がされていて、曇天でも3日間は作動するようになっています。

電気工事をせずソーラーパネルにした理由は、工賃を安くするためと、ゾウの電源ケーブルへのいたずらを防ぐための、2つの理由があります。

ゾウはとても賢く、いたずらが大好きなので、安全を保つためにさまざまな工夫をしています。

たとえば、ソーラーパネルはガラスで完全に塞いで、ゾウが触ったり外したりできないようになっています。また、装置自体もゾウの体当たりに耐えられる強固な構造となっていて、コンクリート床にアンカー固定しています。

わが社が動物園に納めるものは、ほとんどがオーダーメイドです。動物種によっても問題が異なるので、納品後に相談を受けて改作を重ねることもあります。

この装置で想定外だったのは、象の鼻息の強さです。鼻息によって、装置の中を餌が舞ってしまうという相談を受け、粉塵から内部の機器類を守るための改作を行いました。このように、聞き取りからアフターフォローも含めて、メーカーとして誠意をもって対応しています。

ゾウの好きなときに水をあげられる装置がほしい!

他の事例では、2022年に金沢動物園に納めた、インドゾウの「自動給水装置」があります。

ゾウは置き貯めた水よりも新鮮な水を飲むことを好むそうで、もともと金沢動物園ではホースで水を常時流していたのですが、衛生面・費用面で問題となっていました。「ゾウの好きなときに水をあげられる装置があればいいのに」という飼育員さんの思いを汲んで開発したのが「自動給水装置」です。

写真:自動給水装置。写真中央から水が出る。現在は擬岩がかぶせてあり、来園者からは見えない

ゾウがセンサーに鼻をかざすと、装置から水鉄砲のように放水されます。あまり水の勢いが強いと水溜まりができてしまい衛生的ではないですし、弱いと水が届きませんから、水圧の調整には気を使っています。また、冬は暖かい水が出るようになっています。

ゾウは賢いので、好きなときに水を飲んだり夏場の水浴びをしたりと使いこなしているようです。ときには鼻で受け止めた水を来園者にかけるなど、いたずらもしているようです。

余談ですが、この装置のセンサーは、作動音などによる動物への影響を避けるなど、さまざまな工夫がされています。特許も申請しており、動物園をはじめとしたさまざまな分野に技術を転用できればと考えています。

ほかにも、多摩動物公園のゾウのために作った、遊びながら餌を食べられる給餌施設やゆらゆら丸太遊具、西海国立公園九十九島動植物園(福岡)のテナガザル用の遊具、いしかわ動物園(石川)のトキ舎など、さまざまな事例があります。トキは天然記念物ということもあり、柔らかいネットを貼るなどの安全対策にとくに気を使いました。

動物園はどんどんと変わっている

ぜひ、動物園に行っていただきたいです。

全国の動物園で、環境エンリッチメントを意識した新しい取り組みが行われています。一般の方でも動物福祉に関心をもつ方が増えていて、先ほどご紹介したゾウの給餌装置は、クラウドファンディングで支援を受けたものになります。足が遠のいている方でも、久しぶりに行くと新しい学びがあると思います。

わが社のように、動物と動物園関係者、来園者の3者をつなぐ縁の下の力持ちがいることを知ると、また違った楽しさで動物園を楽しめるのではないでしょうか。

鳥潟佑樹(とりがた・ゆうき)
テック大洋工業株式会社代表取締役社長。1979年生まれ、東京都出身。2022年に代表取締役に就任。