カラス博士の研究余話【第9回】カラスの行水

短時間の入浴を示す言葉に「カラスの行水」があります。お風呂嫌いの人やせっかちな人が、短時間で入浴を済ますことを揶揄する意味もある言葉です。

もちろんカラスが湯船に首まで浸かってうっとりすることはありませんが、意外にも清潔さを気にしているようで、水浴びはよく観察できます。さらに、カラスは「水浴び」以外にもいろいろな「浴び」をする「浴び通」なのです。

人の世界にも、芳香浴、岩盤浴、海水浴、日光浴、森林浴など、いろいろな「浴」があります。人ほどではないものの、カラスも興味深い「浴」をします。ここでは、そのいくつかを紹介します。

所かまわぬカラスの行水

まずは、「カラスの行水」と呼ばれる水浴びからご紹介しましょう。カラスは所かまわず水浴びをします。著者も、河川(写真1)、水たまり(写真2)、タライ(写真3)などで目撃したことがあります。

写真1:河川で水浴びをするカラス

写真2:道路の水たまりでの水浴び

写真3:タライで水浴びをするカラス

身体を水に浸けてから羽を激しく動かすので、水しぶきがすごく、まるで子供がはしゃいで入浴しているようです。「カラスの行水」の比喩通り、せっかちな人がバシャバシャと急いで体を洗う仕草にも似ています。

カラス VS 寄生虫

カラスは寄生虫を流し落とすために水浴びをしていると考えられています。実は、カラスの羽には寄生虫がたくさんいるのです。

著者はカラスの身体機能を調べるために、数多くの手術や解剖を手掛けてきました。ある日、麻酔で体温が下がったカラスの身体を触っていると、何かが腕を這い上がってくるくすぐったい感触がしました。白衣の袖をめくると、コメゾウムシほどの大きさの「何か」がゾロゾロと腕を上っていました。1匹や2匹ではありません。背筋が凍るとはこのことかと思いました。

おそらく、体温が下がった宿主に「生命活動を終えたのだろう」と見切りをつけ、より体温が高い私のほうに来たのでしょう。この虫の正体は、タンカクハジラミ科の一種でした(写真4)。カラスは水浴びをして、このような寄生虫を洗い落としているのです。

写真4:カラスに寄生していたタンカクハジラミ科の一種

いろいろな「浴」を活用するカラスたち

カラスの寄生虫対策は、水浴びばかりではありません。

例えば、銭湯の煙突の上にとまり、煙で羽をいぶす「煙浴」もします(図1)。今では銭湯も少なくなりましたが、以前はよく見られたようです。

図1:煙浴するカラスのイメージ

さらには、地面に体をぺたりと押しつけて砂浴びもします。おそらく、地面に寄生虫をこすりつけているのでしょう(写真5)。

写真5:横たわって地面に身体をこすり付けるカラス

砂浴びに似た行為として、「蟻浴」をするという報告もあります。「蟻浴」とは、蟻の巣や、蟻の多い砂場に体をこすり付ける行為です。蟻酸を羽に擦り付けて防虫対策をしているのだと解釈されています。

ちなみに、野鳥には少なからず寄生虫がいるため、水浴びや砂浴びはカラス特有の行為ではありません。スズメの水浴びや砂浴びもよく見かけますし、水辺で生活するカモであっても水浴びをします(写真6)。著者の散歩コースにはカモが集まる池があるのですが、バシャバシャと音を立てて水浴びに興じているのを見かけます。

写真6:水浴びをするカモ

自然を熟知した野生動物の仕草は、観察する人の想像力を掻き立てて楽しませてくれます。

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。